| 避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。 | |||||
2010年04月30日
シメの追悼
いつもの年なら、ゴールデンウィークに間に合わせるかのように芽吹く木々が、今年はだいぶ遅れている。一見すると冬枯れとさして変わらない淋しい景色に映るが、よ~く目を凝らして欲しい。今回のゴールデンウィークは、春の使者が一同に会した貴重な年なのだ。
まず、今日の軽井沢は白い辛夷の花が満開になりつつある。例年なら、この週にはとっくに散っている北国を象徴する花である。続くように咲き始めたのは、なんと桜!場所によってはカタクリも満開だ。梅も水仙も未だに残っているから、いかに今年の4月は寒さが続いたかがわかる。

我が家から眺める借景も、ご覧の通りで、この時期にしてはちょっぴり淋しげ。だが、下草に春の”若草色”をしっかりと見つけることができる。落葉松も、この2日くらいで急に芽吹いてきたから、ゴールデンウィーク中に一気に春めいてくるだろう。こんなドラマティックな春の変化を目の当たりにできるのだから、長期滞在される方は本当にラッキー!

私が何気なく見ている借景を、ずっと深い眼差しで見つめる一羽の野鳥を見つけた。渡り鳥のシメである。彼女(表情からして、たぶん)はおそらく、昨日の朝に相棒を亡くした鳥なのだ。
昨日の朝、私はけたたましい鳥の鳴き声で目が覚めた。正確には起こされたと言った方がいい。「いったい何事か?」と思い庭を覗き込むと、そこには生きている鳥を嘴にくわえたカラスがいた。鳥はシメであった。その姿・形は見慣れているから、すぐにわかったのだ。しかし、まだ生きている鳥をカラスが捕まえるなんてことがあるのか?と見ている方は怖くてたまらない。だが、だんだんと状況を理解することができた。奇妙な鳴き声で目覚める少し前に、屋根に近い窓に鳥がぶつかった音がしていたのだ。中くらいの鳥である。おそらく、それはシメであり、脳震盪を起こして暫くデッキで動かずに静かにしていたのだと思う。それをカラスが見つける。死んでいると思ったら生きている。カラスもビックリだが、シメはもっと驚く。このままでは食べられてしまうのだから...。道路で、わめき続けるシメにカラスが四苦八苦している。すると、突然カラスがシメを離したではないか!なんなんだ、この展開は。諦めてくれたの?「シメよ、良かったね!」と声をかけようとした次の瞬間、早足で現れたのは通いネコのトラオだった。そうか、そうだったのか...カラスは近くに猫が来たことに気づいて危険を感じ、鳥を手放したのだった。猫はすかさず鳥をくわえて、その場を去って行った。
自然界は弱肉強食であることを見せつけられた朝だった。そして、一夜が明けると、昨日の事故現場に一羽のシメが来ているではないか。周囲をキョロキョロと見回して、じっと何かを待っているような様子だ。シジュウカラやイカルのように声をかければ良いのにと思うが、それもしない。呼んでも返事はないことを予め知っているような姿。この時期、庭を訪れる鳥たちは、みんな仲の良い”つがい”である。巣作りに忙しい、幸せな鳥ばかりがシメの前を行き交う。渡り鳥のシメは、そろそろシベリアへ帰る頃だ。こんな大事な時期に相棒が消えてしまうなんて、予想だにしていなかったはず。彼女は、午前中いっぱい山桑の枝に止まって、誰かの帰りを待ち続けた。
一見のどかに見える鳥たちだが、そんなことはなかった。水浴びをする時、なぜあれほど周囲を見回して安全を確認するのか?と思っていたが、自然界とはいつも危険が隣り合わせの暮らし。咲き始めた桜を、今朝はせつない気持ちで眺めた。
2010年04月28日
辛夷が15の蕾をつけた!
キッチンの窓から眺めてきた辛夷の冬芽が、時折訪れる束の間の暖かさに膨らんできた。この辛夷は、もともとこの地に自生していたもので、”2007年”から蕾(つぼみ)を”ひとつだけ”つけるようになった。「幹回りが10cmを超えてくると、花を咲かせる!」家を建てている頃、誰かがそう言っていたっけ。
2007年の春に蕾をひとつ...なんてことが正確にわかったのは、この日記のお陰。何気なく記録してきたことが役立つ時がやってきた。
肌寒さが続いても、日に日に存在感を増してゆく木々の枝先。冬芽は、子供が大事なものをギュッと握りしめた小さな拳に似ている。流し台から身を乗り出して、そんな冬芽に目を凝らしてみる。冬芽の中でも一際大きいのが、花の蕾だ。昨年まではたったひとつしかなかった辛夷の蕾が、数えてみると、なんと15もあるではないか!コナラが初めてどんぐりの実をつけた時のように、飛び上がるほど嬉しい。
木は、植物は、不思議だなといつも思う。ある時を境にして、急に成長するからだ。でも、考えてみたら自分自身もそうだった。小学校を卒業するまでは背も体も小さくて不安に感じてきたが、中学に入ってからはそんな心配をする暇もなく、もの凄いスピードで成長していった私。たった2年間のうちに背は15cm以上も伸びて、今に至っている。
生き物として考えた時、果たして早熟が良いか、晩熟が良いか?はわからない。ただ、連日のように薪割りをしていると、同じ楢の木であっても年輪の様は異なることに気づくのだ。同じ山に育っても、隣り合わせに根を下ろしていても、そして一本の幹から枝分かれした親子であっても、送ってきた人生はそれぞれ違うものになるのかなと。

まだ日も傾いていない時刻なのに、辛夷の蕾はモノクロームのなか。開きはじめた花びらの”白”がわかるのが幸いだ。春らしさに包まれるには、きっと、まだまだ日差しが足りない。
明日から連休に入る方も多いと思う。軽井沢は例年よりずっと肌寒い!暖かくしてお越しください。
2010年04月26日
出番の少ない バイク
気持ちよくオープンカーに乗れる日が少ないように、バイクに乗れる日も少ないのが軽井沢かと思う。なにせ、春になったのも束の間で、午後になれば山から霧が下りてくる。霧とは無縁な秋晴れは、それはそれは素晴らしいが、こちらも日数が限られている。冬の間はもちろん、寒風にさらされながら、あえて危険なバイクに乗らなくてもと思う。
我が家には、数年前に弟から譲り受けたバイクがある。最初の年はよく乗ってでかけたが、だんだんとこのような気象条件なものだから、乗ること自体が億劫になっていった。次第にエンジンもかかりづらくなり、大きな荷物と化してゆく。動かぬバイクは、まさに鉄の塊である。この春、叔父の子供が大学へ進学となり、「俺、バイクで通ってみたいなー」と話しているという。その言葉を、タイミングよく父が聞いていたのが幸運。私は、話が来るなり二つ返事でOK!誰かが乗ってくれるなら、これほど嬉しいことはない。そうして、”一日限りの高原の春”が体験できる今日、父はバイクを引き取る為だけに高速を走らせてやってきた。

庭に鎮座する沢山の丸太を見て、「これら、どこから仕入れるの?」「ぜんぶで幾らくらいかかる?」「いったい何ヶ月分の燃料になるの?」「この時期のおまえの仕事?だよね」と質問攻めにあう。光熱費に興味を示すようになったのは、年金をもらうようになってからかもしれない。これまでは口にしなかった話題だ。
荷台に無事バイクを乗せた後は、私の車の窓を全開にして、一緒に蕎麦を食べにいった。半年ぶりに見る父の姿は、以前よりずっと老けて見える。自分が歳を重ねてゆくことは、具体的にはピンとこないものだ。しかし、相手を見て気づかされることは多い。父の髪がこれほど白く薄くなる日がくるなんて、信じ難いことだった。それは同時に、私も知らぬ間に歳をとっていっていることの証でもある。帰りがけに、「じゃあな、元気でな。無理するなよ」と声をかけてくれたことが嬉しい。”いつまでも...はない”と肝に銘じて、毎日を、この時間を大事に過ごしてゆきたい。
2010年04月24日
肉体労働が続くこの時期は
いよいよ今日から始まった、チェーンソー&薪割り作業。キリリと晴れた”冬空”の下で、朝から着々と分担された作業をこなしてゆく。旦那さんのチェーンソーも昨年あたりから一皮むけた様子で、これまでとは格段にスピードと汗の出方が違う。私も斧の刃をこまめに研ぐようになり、切れ味が良くなったことであのイライラから解放されてきた。イライラとは、何度斧を振り上げても切れることのない、粘りつく不快感のことである。ひと塊の丸太を割りたいだけなのに、異常なまでの労力を必要とする時もある。その原因が斧の切れ味にあったなら、自業自得と言うしかないだろう。チェーンソーも斧も、所詮 刃物である。これらの道具を見方につけるには、やはり”刃”と向き合うのが一番!
肉体労働が増えるこの時期は、エンゲル係数が急上昇!スタミナをつけようと、ついつい美味しいものに手が伸びて、財布の紐も緩みがちだ。今日のランチも、午後からも続くであろう作業と量を考えると、しっかり食べておきたい気分だ。昨日から今年の営業を始めた、行きつけのル・ヴェールへ。「長い長い、お休みをいただきました」と話すマダムとも久しぶりの再会になる。例年なら、庭の辛夷も満開に咲いているのだが、今年は蕾を固く閉じたまま。今日は、MENUを見てびっくりした!メインには、信州上田産 キジのポトフとあったのだ。まだまだ寒さの残っている今年は、長い間にわたってジビエを味わえるサプライズをくれた。前菜・メイン・デザート&珈琲がついて、¥1890は正真正銘の良心価格。昨年より一割程度値上がりしたようだが、それでもすべてが手作りで食材にもこだわる店は稀有な存在。シェフの味も、昨年より更にパワーアップしていて嬉しくなった。私は、今回が初めてキジを味わう機会。野生の動物が脂を身に纏うことは、そうそうない。普段は赤身の多い肉質だと聞く。厳しい寒さを耐えぬくための手段として身につけた脂だから、美味なのだ。今日のポトフは身体にしみわたるような、まったりとした濃厚ないい味が出ていた。

どうやら、今年の軽井沢は芽吹きも遅れそう。こんなに冬らしい青空が広がるなんて...肌を刺す空気は、紛れもなく冬のものだ。薪割りにはこのくらいの寒さが好都合だが、クリーニングに出した冬物の衣装が再びクローゼットから飛び出して、また日の目を浴びている。玄関用に作った寄せ植えも、リビングで待機。まだまだウールの出番が多い、今年の軽井沢。

2010年04月21日
花の蜜がごちそう 薪が届く
氷点下まで冷え込む朝は、終わった。軽井沢のあちこちで、ようやく辛夷の白い花が開きはじめている。穏やかな朝は、私たちの暮らしをこれほど平和な空気で満たしてくれるのだろうか。雑木林の淵では、ひょろひょろとした背高ノッポのネコヤナギが黄色い花をポチポチと咲かせ、しなやかなその枝が微かに揺れているのがベッドから見えた。枝にとまっているのは、ヒヨドリ。この枝には不似合いな大きさと重さの鳥である。冬の間にはない、静かな、静かなブレック・ファースト。

野鳥の中には、”花の蜜や果汁”を好む者がいる。我が家に訪れる鳥では、メジロとヒヨドリだ。花に顔を埋めて黙々と蜜を吸う姿は、ヒトが美味なる”蟹”を食べる幸せな時間と似ている。本当に美味しいものの前では、みな味覚に集中して静かになるのだ。
春は、やってきた!今年は、何度も何度も待たされ、先延ばしにされてきたような気もしていたが...。
たぶん?いや、今回ばかりは確かに”春”である。

今朝は、森林組合から楢の丸太が届いた。今年はいつまでも雪が降っていたから配達が遅れているものと勝手に決めつけていたが、そうではなかった。ちょっぴり不安になって催促の電話を入れてみると、「いつでも届けられるんだけど...まだ、庭がぬかるんでいるかと思ってね」そう、言われたのだ。そうか、そんなことまで気にかけてくれていたなんて...。毎年、確実に注文をするということは、即ち、このような気遣いが生まれることだった。
この先もずっと眺めていたい、大好きな風景を守っていく為には、需要と供給のバランスを保っていくことが大切だ。何年か前に、森林組合の人から発せられた言葉が思い出された。「毎年、薪の注文がくるからさ。山に”楢の苗”を植えたよ!」私は、この言葉を待っていたように思う。尽きたら終わるものと、身近なところで作り出せるもの。暮らしの根っこを支えるものは、やっぱり身近になくてはね。今年も、山の恵みを少しだけいただきます!
2010年04月18日
長めのランチ 残雪と苔
冬の間は、どうしてもガラス越しに外の様子を眺める時間が多くなる。だから、「いつか、この汚れたガラスを綺麗にしなくては...」と思い続けてきた。しかし、それはペンキ塗りと同じ。我が家のように、長い脚立をかけなければ到底届かない高所作業となると、何より大事なのはモチベーションだ。モチベーションが高まらないうちは、手をつけない方が、安全。
貴重な休みの旦那さんには申し訳なかったが、今日はクライミングするにはまだ岩が冷たいし、地面も濡れているということで、窓の掃除がはじまった。学生時代に窓拭きのアルバイトを経験している彼にとっては、朝飯前の仕事だ。「うーん、(手の返しが)下手になったなー」と言うが、未だに”ムースと布”で格闘することしかできずにいる私から見れば、間違いなく玄人の仕事である。家の南面はみるみる透明のガラスに生まれ変わり、黒いスチールのフレームを磨いていくと、新築だった頃の香りが...。透き通るものは本来のように透き通らせ、黒はより黒くすることで若々しさを取り戻してゆくのだった。家を磨くことは、愛着も湧くし、つくづく良いことだなーと思ってしまった。今年は、どろどろの白っぽい黄砂が大量に降ってきたこともあり、建物は例年よりひどく汚れている。カモフラージュできないガラスという建材が、それをリアルに伝える役目を担うことになるとは。
窓の掃除が終わったのは、午後1時。お腹も減ってきたことだし、今日は行きつけの気軽なフレンチ ル・ヴールに行ってみようと歩きはじめた。そろそろ、この店も長い眠りから覚めているはずだから...。店の前に近づくと、マダムが庭の掃除をしている。「あれれ、もしや?」と思って黒板の文字を見ると、”23日から営業します”。残念だが、少し早かったようだ。気を取り直して、蕎麦にしようか。
バイパス沿いの満留井へ。すると、手前にあった寿司屋が”中国処 天祥”にリニューアルしているではないか。花も飾ってあって、Openほやほやの様子だ。ならば、試しに今日はこちらへ入ろう。旦那さんは、あんかけ焼きそばを、私は白ゴマの担々麺をオーダー。よく歩き、さすがにお腹も減ってきたので、蕎麦では物足りなくなっていたのでちょうどよかった。気になるお味は?というと、これがなかなか美味しい。優しくて、品があって、とても上手。器が中華中華していないのも、好印象。小さなお店だけどカウンターもあり、清潔感に溢れて、これからは一人でも気軽に立ち寄ることができそうだ。
来た道は、この足で帰らなければならない。しかし、美味しいものでお腹が満たされたから大丈夫!近場でランチと思っていたが、思っていたより長いランチとなってしまった。日は傾きはじめている。肌にかかる風は、行きよりずっと冷たい。しかも、一番暖かい時間に出てきたものだから、かなりの”薄着”である。浅間山に目を向ければ、一昨日の雪で真っ白だ。雪はいくつもの水溜りという恵みを生み出し、そこで野鳥の子供たちが水浴びをはじめていた。「寒い!」なんて言葉とは無縁の、元気いっぱいの彼らに勇気をもらう。あと一歩で自宅という場所で、青々とした苔と、日陰の為にかろうじて残った雪の組み合わせに出合った。この時期の光も、秋の日のようにハッとするほど綺麗。

2010年04月17日
雪の布団 生きている火山
強い寒気の影響で、全国的に真冬の寒さに。だが、もう、4月も中ばである。気温は、東京も軽井沢もそれほど開かない。気温差は、あっても5℃くらいである。だからきっと、一番寒く感じたのは街のなか。
昨日の夕方から降り出した雪は、どうやら明け方に強まったらしい。眩しさに目覚めると、一面の銀世界!すべてが雪に覆われて、ふんわりとした景色が広がっていた。積雪は20cmを超えて、玄関を開けてみると、デッキの上に”巨大な一枚布団”が敷かれていたから驚いた。しかも、それはピタリと誂えたようにジャストサイズ!自然のやることは、本当にユニークだ。私が子供だったなら、間違いなくダイブしている。

風が吹いても、決してめくれることのないその雪は、間違いなく春のものだった。地下室へしまおうと思っていた雪掻きを、まだ下げずにデッキに残していたのは、心のどこかでまだ”雪が降る”ことを想定していたから...。ここでの暮らしは、春を待つ時間が一年の大半を占めている。だから、4月の空は、冬と春がせめぎあう渦中にあり、決して穏やかなものではないことを学んだ。
今週、浅間山の噴火レベルは1年8ヶ月ぶりに、レベル2~1へと引き下げられた。熱かった源泉かけ流しの湯がいい具合に下がり、安定してきたなと思った矢先のことだ。浅間山は火山活動を弱めたが、ふたたび星は生きている証を見せはじめている。アイスランドでは海底火山が噴火し、吹き上げられた火山灰がヨーロッパじゅうの空を覆って、飛行機も飛べない状態だとか。
この地面も空も山も海も、私たちの肌のように一枚の皮膚に変わりがないことを、地震や噴火、空模様が教えている。
2010年04月14日
春へ

全国的に初夏の陽気となった昨日。東京・千鳥が淵では既に桜が散り、東北地方には桜の開花宣言が流れはじめている。それでも、まだこの地は春をじっと待つ身だ。庭のあちこちに姿を見せるフキノトウの鮮烈な苦みに舌鼓を打ったのは、たしか先月のことだった。もしかすると、「今年はこのまま春になるかもしれない、こんな年もあるのだろう。」期待をしてそんな風に思った時もあったが、季節は戻ることが多く、雪も何度か降った。今ではようやくすべての雪が融けて、落葉樹の林には地面までさんさんと日差しが届いている。芽吹きの準備を無理なく進める、ベストな環境が整った。
そんな乾いた落ち葉の中を散策していていたら、ふと”晩秋”の成熟した眺めが思い出された。あれから、もう半年の月日が流れたことになる。
昨日の軽井沢は22℃という、ちょっと信じがたい陽気になった。庭の草花も慌てている様子で、急に冬芽を膨ませた木もある。早春の黄色い花、アブラチャンの木の根元から空を仰ぐと、我が家のシンボルツリーであるニレケヤキがぐんぐん成長していた。ニレケヤキだけを見ていたら、きっと気づかずに過ぎていった、冬の間の成長具合。自然界でも、お隣さんが教えてくれることは意外と多い。

落ち葉の絨毯から、ムクムクと姿を現したのはクリスマスローズの花。この花、別名”雪起こし”とも言って、可憐な割に強い。

そして、和洋のキッチンハーブたち。三ツ葉にわけぎ、紫蘇、エゴマ、イタリアンパセリ、パセリ...。料理の仕上げにパパッと外に出て、食べ頃になった葉っぱを少しだけいただくなら、これくらいの自植えで充分。この冬は寒さが厳しく、-20℃近い日もあった。それでも、こんなに元気に緑の葉を広げはじめている!
物言わぬ植物は、生き物の真の姿なのだと感じずにはいられない。だから、ヒトも当然 自然からパワーをもらう。植物が背中をポンと押してくれるのが、春という季節なのだと思う。私は春に生を受けた。だから、なおさら、そう感じるのかもしれないけれど...。

日本人の平均身長が伸びてゆくのは、食生活とか労働の変化だと言われているけれど、私はそれだけではないような気がして。北欧の人は日照時間の少ない中で日差しを求めた結果、ノッポさんになっているわけだし、リビングの奥に置いた観葉植物を見れば、こちらも”日”を求めて背を伸ばしている。建物の中で過ごす時間が増えて、いつしか人も日照不足に陥っているのは確か。気持ちの良い季節、晴れた日はぜひ外へ!
2010年04月09日
桜と回香の相性は?
家の中から外の様子をうかがうと、風もなく穏やかで。誰もが、昨日のように麗らかな春の日を連想する眺め。しかし、出てみると、これが寒い!時刻は10時をまわっているが、手がかじむような寒さなのだ。これほど、見た目とギャップがある日もある。ちなみに、この時間の気温は4℃。

リビングに生けたソメイヨシノの蕾が、光を感知したのか?少しずつ開き始めていた。春霞を表現した”ういきょう”も、今日は小さな花をいっぱい咲かせて、落下傘のようだ。ういきょうは、魚料理の好きな方なら外せないハーブ Fennel。胃腸の薬になることでも有名だ。このハーブの歴史は古く、ローマ時代から栽培されてきたものだという。漢字では、ういきょうのことを”回香”と書いたりして、これ、イスラム教の”回”教徒を指しているのですね。ヨーロッパから、イスラム教の地域を経て中国へと伝来し、こうして日本の我が家にも”航って”きた。薬草は、まさに旅人!

日本の春を象徴するようなソメイヨシノと一緒になってみて、「今の気分はどうですか?」って聞いてみたい。食べられる花同士を生けるって、気持ちがいいものですね~。身体にもいいはずですから。今日は思いのほか寒い日になったけれど、リビングは春らしさに満ちて。
2010年04月06日
春霞というテーマ 梅が咲く
寒さという緊張感から解き放たれる穏やかな朝が、日に日に増えてきた。木々の間を軽快に通り抜けてゆく野鳥の群れを目で追えば、ジェットコースターのような動きをしている。春になることが嬉しくてたまらないのは、鳥もヒトも同じだ。
いつの間にか、空の色は”ペール・ブルー”になった。眼鏡をかけても、ぼんやり。浅間山の輪郭はそんな空に今にも融けていってしまいそうだ。冬の、あのクッキリとハッキリとした空の青に、懐かしささえ覚える。
稽古に行くと、ソメイヨシノの枝を渡された。東京では自然のままの状態で既に満開だというのに、こちらではまだ花屋でやっと手に入る花である。「”春霞”をテーマに、”私の花”を生けてみてください。」と言われる。花型にとらわれずに、これからは自由に生けていって良いというのだ。嬉しいことである。しかし、実際にやってみると難しかった。まず花器のチョイスだが、いろいろあって目移りしてしまう。鉢か筒か?単数か複数か?磁器に陶器にガラス...質感に色あい。暫く考えた後、私はざらざらとした肌の素朴な陶器を手に取った。中に剣山を落とし、渡された数本の枝を見る。枝と向き合っている数分間のうちに、私の中では不思議なことが起こっている。枝が向かっていった”正面の顔”がそろりそろりと見えてくるのだ。それはすなわち、太陽のある方角。植物は、みんなそうだ。華道の世界に飛び込んで良かったと思うことのひとつに、植物の表情が少しずつ見えてきたことがある。

今日の軽井沢は、18℃くらいまで気温が上昇した。ゴールデン・ウィーク頃の陽気と言うより、もっと先の”汗ばむ暑さ”だったと思う。日中は、七分袖の首の大きく開いたカットソー一枚で充分で、冷たい飲み物が喉に心地良かった。
明日は今日より10℃くらい下がって平年並みの陽気になるというが、薪ストーブを焚かずに過ごす夜は、夏が来たと錯覚するに充分。お隣さんの庭に目をやると、暗がりに白く光る幾つかの小さな花を見つけた。梅だった。桜の花は(空に近い)高所から咲くのに、梅というものは地面に近いところからひっそりと咲きはじめる。土の温もりをそのままに伝える...きっと純粋無垢な花なのですね。
2010年04月03日
小淵沢 祝いのテーブル
週末は小淵沢へ。春の気配を感じるにはまだ遠いと思っていたが、車を走らせていると、あちらこちらでネコヤナギの黄色い花が開いていた。軽井沢では銀色の蕾が目立ちはじめたばかりなのに、八ヶ岳周辺は傾斜地が多く、日当たりに恵まれていることがわかる。
リゾーナーレ小淵沢の設計は、イタリア人建築家のマリオ・ベリーニ氏による。イタリアの街によくある石畳に、石でできた建物は贅沢な作り。外壁に絡まる蔦は、1992年の竣工当時からあるものなのだろうか。それとも、デザイナーの意思とは関係なく自然と生えてきたもの?いずれにしても、私がここを訪れる時にまず一番に目に飛び込むのが、この”蔦”である。冬の間は今日のような感じで、すべての葉を落として寒さにじっと我慢する旅人のよう。春になれば緑の葉をこれでもかと広げ、実りの秋は葉を赤紫に染め上げる。まるで人生の節々を垣間見せてくれるような存在なのだ。このようなものを、きっと経年優化と言うのだろう。

ユニットバスしかなかったリゾナーレに、宿泊者だけが利用できるお風呂ができたのは何年前だったか。チェック・インをして、私は今回初めて”もくもく湯”なるお風呂へ出掛けてみることにした。客室から、その湯のある場所までナビゲートするのはカラフルな板塀だ。

色を追っていくと、同じデザインをした円形の建物が現れる。こちらは風雨にさらされて色も大分くすんでいるが、なんだが楽しそう!

扉を開けてみると、円が連続する空間に脱衣コーナー、洗い場、内湯がコンパクトに設けられていた。残念ながら温泉ではないので、無色透明の内湯はさながらスポーツクラブの塩素風呂といったところ。対して外湯は、なかなかユニークだ。専用のタオルを体に巻けば混浴ができ、小さいながらも空が仰げる。松の大木に囲まれて、自然と湧き出る湯に集まる野生動物になった気がした。昼間だと狭さが際立ってしまうので、暗い夜がおすすめ。
夕食は、ホテル内にあるレストラン OTTO SETTEで。今日は、旦那さんの両親と兄弟、その子供たちが遠方から駆けつけたお祝いのテーブルだ。どんな祝いか?というと、これがユニーク。今年、”年男である父”を祝うのだ。しかし、両親に詳しく聞いてみれば、年男だからと言って12年ごとにいつも祝っているわけではないらしい。72歳という年齢が、昔の感覚でいうと”往生”にあたるかららしいのだ。言われてみると、その通りだと思った。日本人は一般的に長寿と言われるが、60歳を前にして他界していった友人、知人、親戚は多い。母は、共に人生を歩んできた夫に感謝を込めて、祝いの場を設けたのだった。
イタリア語でOTTOは8、 SETTEは7を表す。これにかけて、”八ヶ岳の、7人の達人”によるレストランが生まれた。ここで言う達人とは、食材を生み続ける生産者たちのことである。リゾナーレといえば、イタリアンレストランのラ・ヴィータで有名だったが、それがより地域性を高めて現代風にリニューアルされた感じだ。長さ10メートル以上に及ぶワインセラーはスタイリッシュな雰囲気を醸すだけでなく、ラインナップも充実していて、ワインリストを眺めるのも楽しい。乾杯は、日本が誇る葡萄”甲州”を本格的なシャンパン方式で辛口に作り上げた塩山市 機山洋酒のキザン・スパークリング。

ご参考までに、今宵のMenu (写真のないものもあり)
Antipasto
信州のアルプスサーモンと岩魚を使った前菜 いろいろな野菜のサラダ仕立てで

Antipasto caldo
フォアグラのソテー 田舎白州米を使ったリゾット添え 勝沼町産ワインビネガーのソース
Primo piatto (私のチョイスしたもの)
長野県産石臼挽き小麦”華梓”を使ったタリアテッレ はまぐりとアスパラガスのソースと共に

Second piatto (私のチョイス)
千野さんの育てた甲州信玄豚ロース肉の炭火焼き 粒マスタードのピュレ添え

Primo dolce
山梨県産甲州葡萄のエスプーマと甘夏のグラニテ
Dolce (私のチョイス)
”ティラミス”コーヒーの風味を効かせた軽い泡を添えて

まず野菜の新鮮さと味の濃さに驚かされ、地元の食材に舌鼓。全体的に、ラ・ヴィータ時代とは異なるヘルシーなイタリアンになっていて、最後まで本当に美味しかった!ただ、デザートにティラミスをチョイスしたのは、イタリアのあの濃厚な、エスプレッソでやっと口の中がさっぱりするような味を、密かに期待していたから。こちらも従来のティラミスではなかった。エルブジのエスプーマの波、こんなところまで。
リゾナーレ小淵沢も18年の歳月を経て、少しずつ変化を進化をしてきた。3階建ての宿泊施設 レジデンス棟の一階は竣工当時よりイタリアの街らしく、様々なマルシェに生まれ変わったし、クライン・ダイサムによるドーム状のチャペル ZONAも誕生。メインダイニングとイタリアンレストランもリニューアルした。そして、自然の中に日本らしく?”お風呂”もできた。街も建物も時代と共にあるのが心地よいことを、このリゾートは教えてくれる。
お祝いを迎えた父から全員に手渡されたのは、なんと2019年までの年表!それぞれの年齢や結婚年数が記されていた。父の欄には、”車”の文字が。「あと十年後にも、私は車を運転していたい!」ということらしいが、それよりも何よりも”生涯現役”を実現させる力が漲っていた。前向きに生きるとは、こういうことなのですね。



