| 避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。 | |||||
2010年03月30日
枯れ葉の地面のぬくもり
今朝の軽井沢は確かに冷えた。しかし、もうこの時期になると地面は温もりに満ちていることを、早々と融けてゆく雪が知らせている。

今日は、庭にツグミが訪れた。渡りの準備に大忙しの彼である。その小さな嘴は熊手なみで、枯れ葉を起こしながら中で熟睡している虫を捕まえる。我が家の庭は、枯れた葉をその大本である木の根元に残して冬を越す。この枯れ葉が与える恩恵は計り知れないと、海を越えて訪れる様々な鳥たちを見て、健やかに育つ木々を見て、思う。
2010年03月29日
パウダー・スノーふたたび

今朝は、パウダー・スノーが舞い降りた。天気予報では”季節外れの寒気”が流れ込んでいると伝えられるが、そんな言い方でなくてもいいような気がする。3月の空は、いつだってこんな感じなのだから。積雪は10センチくらいだが風が強かったのだろう、車の窓にも雪が着いて、庭には吹きだまりもできていた。デッキに積もった雪を掻いてみると、アッサリ地面へ落下。ふわふわとした粉雪に思わず笑みがこぼれる。

デッキに張り出す楓の枝も、この繊細な雪を上手にキャッチしていた。まだ雨氷した風景が鮮明に目に焼き付いているというのに、今日は雪景色を眺めているなんて贅沢。ただ、軽い雪といっても、早めに私道の雪掻きは済ませておきたい。軽井沢はこれから朝にかけて-7℃まで冷え込むというから。こんな日の夜は空気がきりりと澄んでゆくもの。だから、夕方のうちから美しい夜空に期待してしまう。薪ストーブの赤い炎と月の光りだけで過ごすのも一興。月が出ていると、夜であっても空には雲が絶え間なく流れていることを教えてくれる。光と影が織りなす水墨画のような夜空は、高地に暮らす楽しみのひとつに加えられる。
2010年03月28日
”京の土”をあじわう午後
京都の亀末廣で買った素朴な菓子が、今日のお茶うけ。”京の土”という、素朴でユニークな名がついている。包みを広げてみると、「あぁ、ホントだー!」と納得。昔ながらの日本家屋の、靴脱ぎ石を下りたところの乾いた(焼き物のように貫入の入った!)地面が、まさにこの菓子なのだ。

大きさは20センチ角くらいだろうか。それを手に取り、好きなように割って口へ運ぶ。口当たりはびっくりするほど軽くて、麩菓子のよう。土を模した肌は上質な砂糖衣だった。思わず、「うまいっ!」と声が出るインパクトのある菓子ではないけれど、手にとった瞬間から親しみが湧いてくるお茶うけも珍しい。今回は土の表面にふたつの松葉が添えてあったけれど、紅葉の時もあるそうで。
ふと、食べ終えた皿に目が止まる。じわりじわりと、この菓子の良さが伝わってくる瞬間だ。これこそが、亀末廣が老舗たる所以。半生菓子と干菓子が四畳半に詰め込まれた”京のよすが”は素晴らしかった。そして、今日味わった”京の土”はいつまでも記憶に残る菓子になるだろう。いかにも日本らしい、粋な菓子。こんど、外国に住む友人へお土産に持っていこうと思う。

2010年03月27日
50日ぶりのお酒
窓辺に背を向けて本を読んでいると、熱いくらいの日差しを浴びる。晴れ間もあるし、外は春の麗らかな空気に包まれているに違いない。そう思い、今日は公園でランチでも食べようとバッグにハーブティを入れて外へ出た。薄手のコートをあっさり通り抜ける冷たい空気は、紛れもなく冬のもの。空の色はだいぶ春めいてきたが、今日の軽井沢は冬だった。
歩き出してまもなく、あまりに薄着で出てきたことを後悔したが、「まぁ、こんな早とちりもあるさ。」と気持ちを切り替えた。この数ヶ月間、どれほどの寒さの中で暮らしてきただろう。それに比べたら、今の寒さ(3℃)など楽勝なはずだ。「浅間山は雲に隠れて見えないのかな?」と思い目を凝らすと、何処にも行くはずはない、ちゃっかりそこに居座っていた。厚く雪化粧をして、稜線が雲と同化していたのだ。
公園でのランチをやめて、散歩がてらの買い物に変更。自宅に戻って足を止めると、体を動かしたことで心地よい疲労感に包まれた。しかし、自分で思っているより冷えていたようだ。リビングはTシャツで過ごせるくらいに暑く感じられ、冷たい飲み物を思わず一杯。「しまったーッ!」と思ったが、咳が出ることもなく喉を通過していった。2月から患っていた喉が快方に向かっている、それが嬉しかった。
今夜は快気祝いをしてもいいだろうと思った。お酒を飲むのは、実に50日ぶりだ。地下の天然セラーへ足が向かうのも、かれこれ2ヶ月はたっているだろう。キッチン・ドランカーがいとも簡単にアルコールを断つなんて、まったく信じられないことが起きていたのだ。昨年の冬からすっかりお気に入りになっている、ベルジュラックのやや甘口の白は、女性の多いホームパーティで評判の良かったもののひとつ。寝かせておいた一本を手に取り、日があるうちに栓を抜いた。ボルドーより遥かにリーズブルなのに、華やかな香りと厚みのある味わいは、セミヨン・ソーヴィニヨン ブラン・ミュスカデルから。ヨーロッパでは、三ツ星レストランのテーブルワインになることも多いと聞くが、頷ける。

やっぱり私は、お酒の中でワインが一番好きなのかもしれない。健康って、素晴らしいことですね!
2010年03月26日
青空と雨氷 氷の鎧を脱ぐ時
今朝の軽井沢は、発達した雨氷に薄っすらと粉雪が乗って絶景が広がった。青空をバッグにした雨氷はクリスタル以上の輝き!思わず、「生きていてよかったー!」と思ってしまう。大袈裟ではない、今朝の雨氷は私が見てきた中で一番、綺麗。雪が着いたことで、きっと存在感が出たのだと思う。
時刻は9時、凍りついた冬芽にカメラを向けていると、あたり一面がパアーッと明るくなって。


落葉松のてっぺんに野鳥のカップルを発見!特等席で静かに花見?を開始した。どんなことを語らっているのかな?春ですね~。

しかし、ぐんぐん上がっていく気温に雨氷はその姿を留めることができない。僅か30分で、枝から氷が抜け落ちてゆく。いたるところに氷のつららがぶらさがり、音もなく落下。雪の地面は煌めく破片でいっぱいになった。

ニレケヤキを訪れたのは、キツツキのアカゲラ ↓ 。樹皮が分厚い”氷の鎧”を脱ぐ瞬間を今か今かと待ちわびていたようだ。こうした自然の営みを見ていると、何もかもが流れるように進んでいることに気づく。無駄な動きはどこにもないことに、畏敬の念を抱いて。

今日は待ちわびていた青空!日中の気温も上がるから、ここ数日不眠不休で仕事をしてきた薪ストーブを休ませてあげることができそう。雨氷の崩壊に区切りがついたら、ちょっと長めの散歩に出てみたい。
2010年03月25日
氷に包まれた 冬芽
昨日から降り始めた雪は、気温の変化でミゾレになったり、雨になったり、はたまた雪になったりを繰り返していた。今朝は、”雨氷”が作り上げた神秘的な風景が広がって。

雨氷は10年に一度くらいのペースで起こる珍しい現象と聞くが、今シーズンは何度もお目にかかっている。あらゆる電線は滴ごと凍りついて、朝から運転を見合わせる信越線。こんな日でも、新幹線は問題なく走っているというから不思議だ。車道はシャリシャリのシャーベット、春休みの静かな歩道はスケートリンクと化した。美しい雨氷の日は、乗り物に乗らずにただじっと眺めているのが幸せだ。
風にも揺れることができない”かたまる”木々に近づいて、雨氷の姿をしばし観察。すべてがすっぽりと氷に包まれて、その透明さに驚いた!春に向けて伸びた枝先は鮮やかに赤く、氷で角のとれた枝は”幼い鹿の角”によく似ていた。

膨らみかけたシャラの冬芽も、氷の中。痛々しい気もするが、これも春を迎えるための試練のひとつ。

ちょうど一年前の今頃は4t分の薪割りも完了させて、のんびり春を待つだけの身だった。しかし、今年の場合は勝手が違う。雪は多いし天候も不安定、現に丸太の配達は遅れている。今日のような悪天候では薪割りなど到底できないのだし、「こんな年もあるさ!」と流れに身を任せるのが良さそうだ。空には決して逆らわず、空模様に自分の行動を合わせる暮らし方を心がけてきたら、厳しい自然が時折見せる美しさと共有する時間が増えてきた。
2010年03月24日
冷たい雨の降る日は...
アオゲラが、僅かな餌を求めて我が家の薪の皮を突いている。コンコンとか、トントンとか、木琴を叩いているような音だ。小学5、6年生の頃だったと思うが、クラスでちょっとしたオーケストラを組む学芸発表会のようなものがあった。私のパートは鉄琴で、子供ながらにこの楽器が奏でるシックな音の響きに魅了されたことを思い出した。すぐ傍には木琴を演奏するクラスメイトがいて...。今は、楽器を演奏することも機会もなくなってしまったが、庭に訪れる野鳥の奏でる”生きるための音”が、時々音楽に夢中になっていた10代を思い出させてくれる。小降りだった雨が、激しさを増してきた。屋根を伝って雨水が落ちてゆく音が、静かな部屋のBGMへと変わる。いつもなら、とっくに餌探しを諦めて林の中へ飛んでゆくアオゲラだが、今日はいつまでも薪の傍らを離れようとしない。そうとう、ハングリーだ。
12時をまわると、無数の雨の線が、なんだか重たそうな線になってきた。粘りけのある雨である。今日の気温は最高でも3度ほど。ふと窓の外に目をやると、さっきまでの雨の線は”点”へと変化していた。午後1時、雨は”雪”に変わった。
この時期に降る冷たい雨を眺めていると、春がとても待ち遠しいものになる。気がつくと、景色の中に芽吹く何かを見つけようとしているのだ。それは少しずつ膨らんでゆく木々の冬芽であったり、真冬の世界には存在しない色であったりする。そして、花である。いつもの眺めに花を見つけた時の喜び...。
これまで花というものは、蕾を開き始めた頃が最も可憐で美しいものと思い込んできた。たぶん、そういうものだと決めつけていたような気もする。しかし、こうして満開に咲く花はどうだろう?貫禄があって、艶やかで、なかなか素敵ではないか。こちらの見方次第で、心境次第で、いかようにも変わるのが生きた花。コーラルオレンジがやさしい印象のツツジに、アマリリスと胡蝶蘭を合わせて。晴れた日にはない安定した自然光が、それぞれの色を鮮明に見せてくれた。

2010年03月21日
黄砂混じりの雪が降る
ほの暗い明け方の4時過ぎ、激しい雨音で目が覚めた。空は荒れると聞いていたが、ほんとうだ。風も強く、落葉松がぐらぐらと揺れているのが微かに見えた。今日は春分の日、春の嵐が季節を分ける。
慌ただしい毎日を送る旦那さんだが、今日はのんびり家で過ごせるという。山は荒れているし、読みかけの本を手に取って、休息だ。昨日は20℃近い夏日で、今朝は大きな水溜りができるほどの豪雨。借景から雪が消えるのは時間の問題だと思っていたが、現実のものとなった。軽井沢でいま雪が残っているのは、北面の日差しに閉ざされた場所だけである。
11時をまわっても霰混じりの風が吹いていたが、散歩がてら外へ出ることにした。お手頃なランチがあるなら、行ってみたい店もあった。塩沢交差点近くのル・タン・ザンシャンは、同地にあったプランデルブの元シェフがオーナーを兼任して始めたレストラン。昨年の6月にOPENしていたが、これまで同様に敷居が高い気がして近寄りがたい存在だった。最近になって店先にメニューの看板が出されたことで、入りやすさが備わった。お試しにとランチセットをオーダーしてみる。すると、サービスはしっかりしているし、若鳥のミラノ風カツレツも時間をかけて丁寧に料理されたプロの味。しっかりマリネされた新鮮なサラダや柔らかいパン、珈琲がついて1500円は良心的な価格だ。スタッフは、「これからは、地元のお客様に愛される店にしていきたいと思って...」とこれまでの経緯を話してくれた。デザートのジェラードも、もちろん手作り!とても美味しくて、確かな技を感じた。観光客をメイン・ターゲットとした店が多い軽井沢で、定住者が気負いなく入れる、美味しい店は”誇れる”存在だ。ただ、現時点では迷いがあるのかもしれない。ランチメニューにハンバーグと書かれていたりすると、あくまで私のイメージだが、この店の持っている実力を落としている気がして。ここは、本格的なプロの調理法を堪能できる店である。
自宅に戻る途中でも、ふたたび霰のような雪が空からパラパラと降ってきた。気温は2℃くらいだろうか。袖から出た手をポケットに入れずにはいられない寒さである。旦那さんが、「今日はなんだか眼鏡が汚れるな~。」と言っている。庭に停めている車のボディを見て驚いた!塩カルの入った液体をぶちまけたような、汚さ。短時間でここまで汚れたことは、ない。

いったい、これはどうしたものか?足元を見れば、靴にも白い斑点が...。浅間山からの降灰だろうか?いや、今日の風向きからすると、大陸からの黄砂だろう。黄砂というと、とかく黄色い粉のイメージを持つが、実際に日本へ渡ってくる間には大量の海水を浴びて、大気中の煙(有害な物質も含む)も取り込んで、砂粒の上で科学反応をしながら陸に降り立つと言われている。今日の黄砂は白かった。この白さはいったい何なのだろう?地球は丸く、空には境界線がないことを知らされた午後だった。
2010年03月20日
枝ものの花 夏のような夜
華道の世界に飛び込んで、嬉しい!と思ったことのひとつに、枝ものとの出合いがあった。枝もの...これが、なかなか奥が深い。それだけで芸術になる蔓ものもあれば、枝を人の力によって”ためて”趣を出すこともある。
黄色い葉が美しいキバデマリは、私が初めて稽古で生けさせてもらった枝ものだ。季節は巡り、ふたたびこの枝ものを生けたのは先月のこと。枝ものは花と違って、寿命が長い。だから、私は家のどこかに生けて残しておくことが多いのだ。キバデマリが黄色い姿を留めているのは、僅かな期間だという。放っておくと、葉は他の植物と同じように緑色に変わってしまう。「こうなると、特別な感じはしないんだよねぇ。」と先生。我が家のキバデマリも緑色に変化していたが、空間のアクセントになるので水を取り換えながら飾り続けてきた。すると、いつの間にか、花を咲かせていたのだ!白くて、ナナカマドによく似た素朴な花が、穏やかな日差しを浴びて嬉しそうに微笑む姿を見つめる。

今日の軽井沢は20℃近い夏日となり、室内は30℃近くまで上昇した。窓を開け放てば、心地よい風が吹き抜けることはわかっている。しかし、この時期の屋外は花粉の嵐。最小限の喚起に留めるしかなかった。網戸にも、車同様”花粉フィルター”なるものがあったらよいのに。きっと需要はあるはず。作ってみようかな...。
日が暮れても、薪ストーブには手が伸びることのない、夏の夜。君に手をかけない分、今夜は料理に手をかけるよ。無水調理を可能にするstaubのピコ・ココットと、鋳鉄のグリルを使って。考えてみると、みんな鉄の仲間たち。我が家の暮らしは、いつも鉄が中心。

2010年03月17日
石けんを仕込める 幸せ
冬の間に、「紫外線から肌を守る石けんを作ろう!」と材料を揃えておいたのだが、なかなか手をつける気持ちになれずにいた。

私が作るコールドプロセス法の石けんは、キッチンでケーキを作るような感覚で仕込みを終える。数種類の新鮮な油と、けん化を促すための苛性ソーダの温度を38~40℃の間でそろえ、ピタリと合ったところで掻き混ぜる。それから、型に入れられる硬さになるまで面倒をみていけばよいという、慣れてしまえばなんら難しいことのない作業である。ただ一点気をつけることは、”苛性ソーダ”という、はっか飴を砕いたようなパラパラの薬品をミリ単位まで正確に計量し、そこに精製水を注いで融かす瞬間だ。苛性ソーダは、別名 水酸化ナトリウム。理科の実験でもお馴染みの、強いアルカリ性の薬品である。空気中の水分で融けだし、皮膚についたら”やけど”を起こす危険もある。また、水と反応するとあっという間に60℃を超え、この時に発生するガスが目や喉には刺激が強く怖い面も。ゴーグルと厚手のマスク、ニトリルゴムの手袋が必須である。
石けん作りは料理に比べるととても簡単だが、このような薬品を扱う瞬間があるので、健全な肉体の時でないとやる気にはなれない。私は今から一ヶ月前、ひょんなことから喉を痛めてしまった。軽井沢の真冬の乾燥した空気は、それ以外の季節が”常に高湿度状態”なものだから、嬉しくてたまらなかった。乾いた空気だからこそパウダー・スノーになるのだし、真冬でも洗濯物が乾かなくて困ることはないと。いいことずくめだと思ってきたのだ。それが、喉にとっては無防備極まりないとは知らずに...。
痛めたきっかけは、まず極寒の日のスキーだった。標高2000メートルのスキー場の気温は、マイナス20℃近かった。そこに風も加わって体感温度は??。動いていないととても耐えられる状態でないので、ノン・ストップで数時間滑り続ける。この間、水も飴も口にしていない。元気なものだ。冷えた身体を温めようと口にしたのは、辛~い食事。この日の晩、喉にはなんの不快感もなかったが、週末に行ったスキー場の環境がとどめをさした。午前中は猛吹雪、湿り気のある雪で顔がべちゃべちゃと濡れていく。視界も乏しくとても滑れる状況ではないのに、未曾有の大雪に皆ハイテンションのまま。ランチになだれこんだレストランの中は人で溢れかえり、酸素も少ない気がした。ここでも、唐辛子の効いたパスタを食べる。天気は回復しはじめ、さっきまでべちゃべちゃしていた雪が、サラッサラに変わっていくのが見てとれた。極度の乾燥で喉は無防備になり、そこへ人混みの中で息づくウイルス、さらに喉を刺激する辛いものの接種。いつもなら温泉に浸かって汗も汚れも落としてさっぱりと帰るのだが、この日に限って旦那さんの調子が悪く、休憩もせずに帰ってしまった。抵抗力も落ちていたのだろう、その日の夜から喉に違和感を覚え、翌日には痛みと熱でフラフラの状態になっていた。
喉が痛い...よくあることだ。だから、ただの”のど風邪”と思って家に常備している薬を飲みはじめた。効いている様子はないが、熱が出るのは身体がウイルスと戦っているからだろう。しかし、体調はどんどん悪化。唾も飲み込めないほど喉は痛くなり、乾燥に敏感になって、こんどは咳が止まらない。声も出ないし、食欲もない。肋骨が折れるのではないか?というほどひどく咳こむようになり、不眠不休の5日間を過ごした。「これは、ただの風邪なんかじゃない!」そう思って、向かった先は行きつけの病院の耳鼻咽喉科。幼少から喉が弱く、扁桃腺を摘出している私にとって耳鼻科は親近感のある場所である。症状を見るなり、医師は鼻から喉へカメラを入れた。「うーん、それほど腫れてはいないね。」これで軽傷のうちなのか?と落胆し、可能ならこのまま胃の中まで見ていって欲しいと思ったが、それは専門の違いというもの。しっかりと耳鼻咽喉に効く薬を処方してくれた。
風邪でもなんでもそうだけど、体内に入った”菌”は薬で追い出すことができる。しかし、”ウイルス”を殺す薬はなく、自己免疫力で戦うしかないのだ。私は抗生物質を5日間飲み続け、日を追うごとに確実に眠れるようになっていった。しかし、赤く腫れた喉の痛みや不快感は拭い去れない。不安になって再度病院へ行くと、「これ以上、薬は出せない。抵抗力が落ちてしまうし、あとは免疫力でよくなっていくと思うよ。」と諭されてしまった。病名は、のど風邪。詳しく言うと、咽頭炎である。
一度この病になると、乾燥した空気にとても敏感になるらしい。店で突然咳が出て変だなーと思ったら、頭上にエアコンの噴き出し口があったし、冷たい飲み物もダメである。喉が乾燥するという理由でいうと、冷たい空気も...。いやはや、軽井沢の冬は色々な意味で過酷だったと気づかされる。これまで何でもなかったことが不思議だ。
あれから一ヶ月以上が経過し見た目は健康体になったが、まだ不快感はある。お酒や辛いものを取る気にはなれないのだ。だから今日、石けんを仕込めたことは私の喉にとって大きな前進だった!人は起きている時は口をしっかり閉じて、鼻呼吸をしているけれど、睡眠時は口をポカンと開けて”口呼吸”をしていることが多いという。この口呼吸が喉にはいけないらしい。横向きで眠る方は特に注意。空気が乾燥している今、私は口だけにマスクをかけて眠っている。妙なスタイルで恥ずかしいのだが誰も見ていないし...その甲斐あってか、快方に向かっているようだ。
写真は、オリーヴオイルを72%以上入れたマルセイユ石けんの種に、保湿効果のある”黒みつ”を加えているところ。苛性ソーダ以外は、道具も含めてすべてキッチンにあるものばかり。3ヶ月の熟成(といっても、風通しのよい場所に置くだけ)を経て、石けんは最もいい状態を迎えることとなる。石けんサイズにカットしたら一ヶ月後には使えると言われているし、実際に使えるが簡単に水に溶けていく状態。それが、3ヶ月くらい気長に待ってみると、泡立ちや持ちが劇的に良くなることがわかってきた。まるでチーズを育てるように...発酵食品の好きな方はぜひ一度お試しください。
time : 15:43
2010年03月13日
クロスズメバチの越冬
外の薪棚から薪を運び入れる時、小さな虫の姿をよく目にする。私たちには僅かな隙間でしかないが、越冬する彼らにとっては絶好のねぐらになっているようだ。我が家の薪に多いのは、カメムシと名も知らぬ黒と白のストライプ柄の蜂である。カメムシの薄っぺらい体は、このような隙間には絶好の形だ。対してこの蜂は、少々窮屈そうに丸まっていることが多い。春はまだだよ、しっかりお休み!

今まで、この蜂は何度も見てきたが、さして気にとめることはなかった。蜂にもいろいろあるのだし...それくらい。しかし、つい最近になって、この蜂が”クロスズメバチ”だと知った。クロスズメバチといえば、蜂好きの中では珍味!それが、こんなにいるなんて。食べるわけではないが、ちょっと嬉しい。
日当たりの良い場所を薪の乾燥スペースにあてたのは、ごく自然な流れだった。薪の間には氷点下の厳しい冬を過ごす虫が沢山いて、彼らの一部は鳥たちの貴重なタンパク源としての役割を担う。薪ストーヴを主暖房とする暮らしは、生き物との共生に繋がっていたのだ。
2010年03月12日
生の花 一際美しく
今日も沢山の雪に囲まれているが、朝からポカポカ陽気に恵まれ、窓を開けて思い切り深呼吸をした。こんな日は、人を誘ってどこかへ出掛けたくなる。ご近所さんに声をかけて、ランチに行くのもいいだろう。玄関のチャイムを押して現れた奥さんの唇には、既にピンク色の口紅がさしてあった。先約があったことに気づいた私は、「こんど○○へランチにでも...」と話題を変えた。すると奥さんは、「見て見て!」と玄関の先を指差した。そこには、ガラスの花器に春らしい花が。珍しい八重のチューリップにスイートピー、生き生きとした葉もののアレンジだ。「今まで自分はドライフラワーが好きだと思っていたが、こうして生の花を飾ってみると、その美しさに圧倒されてしまうわね。」
生の花、生花を飾るようになると、相手が生き物だからなのか?ピンと背筋が伸びる毎日になる。水を入れ替えたり、終わった花をつまんだり、その度に花の表情を自然とうかがうようになるのだ。”暮らしの中に心地よい緊張感が生まれる”そう言ってもいいかもしれない。

食事を囲むテーブルは胡蝶蘭で華やかに。

借景と薪ストーブの炎を愉しむための、大きくて低いテーブルには南国の草花を飾って。季節の対極にある植物たちにエネルギーをもらう。
地面が再び厚い雪に覆われたことで、いま、生き生きと咲く鮮やかな切り花は一際魅力的な存在となった。日常が瑞々しい野の花に囲まれるようになると、ドライフラワーの魅力は復活だ。素朴で温かみがあって、これもまた暮らしの一部に相応しい。
2010年03月11日
雪と氷の危険なロータリー
昨日の夕方、南の島から帰宅する旦那さんを迎えに駅まで車を走らせた。国道の両端には雪の塊がせせりだし、歩道にも雪は積まれたまま。限れらたアスファルトの上を、帰宅途中の学生が歩いていた。靴は既に雪まみれだが、気にしている様子はない。我が家の庭と同様に、今回の雪は行き場がないようだ。軽井沢で、今日のような光景はそうそう見れるものではない。紛れもなく、大雪だった。
軽井沢駅の南口へ向かうと、アウトレットの飲食街は若者でいっぱいだった。もう、春休みに入っているのだろう。ロータリーに入って、私は路面の悪さに驚いてしまった!四駆を運転しているが、それでも簡単に足をとられるような、ひどさ。これほど多くの人でごった返しているというのに、果たして除雪がされたのかどうか?を疑う。降り積もった雪が車や人に踏まれた後の、ぐずぐずのプールが広がっていたのだ。
時刻は4時過ぎ、この時間でも影のない豊かな日差しに照らされるのだから、春が確実に近づいてきた証拠だ。駅から下りてくる旦那さんを見つける。すると、私の車の前をベビーカーを引いた若い夫婦が通り過ぎていった。実際には、ベビーカーを引くことは困難で、旦那さんがずっと持ち上げて子供を運んでいたのだが...。見ていた私は、「これが、本当に観光地の玄関なのか!」と心の底から悲しくなってしまった。
除雪がなされないのは(あるいは、除雪が遅れるのは)、南口に限ったことではない。北口だって、いつでも除雪の痕跡が見えない”氷”の張りようだ。ふたつのロータリーが、常に雪と氷に閉ざされるのは何故なのか。曲がりくねった車道に除雪車が入らないとか、車が絶えないからとか、そんな理由なのだろうか?ならば国道と同じように、(安全のためなら)塩化カルシウムを撒く手だってある。これほど危険な新幹線の止まる駅は、きっとない。恥ずかしいことだ。
真冬の新幹線通勤の核心は、駐車場から駅までの”歩きの時間”だろう。ここがいつもツルツルに凍っているから、滑り止めのついた靴でないと東京へ行けないという人は多い。送り迎えがある場合でも、駅から一歩出て”車に乗り込むまで”が核心となる。定住者でさえ、凍った路面には冷や汗が出るもの。観光で訪れる人にとっては、間違いなく恐怖だ。
今頃、昨日見たあの雪のプールはどんな姿をしているのだろうか。昼間は3℃まで上がったが、町を一夜にして雪国に変えた積雪である。今夜は-5℃まで冷える予報。凍らないはずはない。
2010年03月10日
今朝の雪掻きは重労働
発達した低気圧の影響で、軽井沢も大雪の洗礼を受けた。昨日の午後から降りだした雪は、今が三月であることを忘れさせる、見事なザ・パウダー!このまま気温が氷点下を保ってくれたなら、明日は絶好のスキー日和になるはずだと少しだけ期待をしてベッドに潜りこんだのだが、明け方の4時に目覚めて外の様子を見ると、それどころではなかった。積雪はゆうに30センチを超え、停めてある車もすっぽり雪の中。デッキと庭の境目さえ曖昧である。雲は厚く、この時間にしては暗い空。外灯に照らされた雪は水分を含んで、キラキラと光る春の雪に変わっていた。残念!
薪ストーブに薪を二本足して再び眠りについたのも束の間、こんどはキツツキが薪を突く音で目が覚めた。暖かな朝である。ブラインドをスライドさせて、外の様子を見てギョッとした。「今日はスキーどころではない。まずは、家の周りの雪を何とかしないと...」車高の低い車は脱出することさえ困難な、軽井沢の感覚でいう”大雪(40センチくらい)”が降り積もっていたのだ。
今日はしっかりとした朝食を摂る必要がありそうだ。一杯のお茶で一息ついたら、ジャケットと長靴姿でデッキへ出る。雪を掻いてみると、これが嫌になるほどの重さ!湿りきった巨大な布団を、少しずつ解きながら落としてゆく、そんな作業の連続になった。やわな雪掻き棒なら簡単に折れてしまう、そんな雪の力をも感じた。日本海側に降る雪は、いつもこのようなものなのだろうか?ならば雪掻きとは、冬の間の立派な労働のひとつと認識しなければいけない。デッキの雪下ろしに30分、車と駐車スペースに30分、私道は、まず車が通れるように掻いていく。最初は、どうしてこんなに汗が噴き出すのだろう?と思ったが、今回の雪には降参だ。さすがの私も、体力的に、これで限界。雪の行き場も、見つからない。あとは空模様と相談して決めていこう。
午後の一瞬、雲間から太陽が姿を見せた。一面の雪で真っ白なキャンバスが出来上がっているから、眩しさは倍増、日差しも熱く太陽の威力を見せつけられる感じだ。デッキの表面で水に姿を変えた雪が、こんどは”青空を映しこむミラー”となったのも僅か数分間のこと。高地の日差しは強いものだ。水は瞬く間に蒸発し、水の姿を長くは留めない。

湿って重みを増した雪の布団は、屋根の上にも。いったい、重さは何トンくらいになるのだろう。水の塊が、こうして寛いでいる間も頭上に乗っていると考えると、ゾッとしてしまう。
2010年03月08日
誰よりも早く 垣根のない猫
薄っすらと粉雪の舞い降りた朝、玄関の扉を開けると猫の足跡があった。通い猫のトラオだ。

雄猫にとって縄張りを守ることは、天気にも左右されない大切な日課なのだろう。我が家のデッキも、庭も、車も、気づけば彼の所有するモノになっていた。だから、不用意に他の猫や動物は近づかない。許されているのは、ガールフレンドくらい。たぶん。
こうして、猫や鳥や動物たちが垣根を感じることなく暮らせる環境は、やってみてつくづくいいものだと思う。目には見えないけれど、テリトリーというものは現に存在しているし、存在できるものだとわかったから。地面も空も、繋がっていることを実感する暮らしは真新しいことでなく、大昔からあるもの。毎日が、大らかな気持ちになれる。
2010年03月03日
雪融け水の流れる

今日は、昨日の雲り空からは想像できないような、スッキリとした青空と穏やかな日差しに包まれた。雛祭りに相応しい陽気である。空は青いといっても、それは間違いなく春のもの。浅間山とのコントラストに”春”を見る。山肌は原始的な黒々さを増して、根雪は僅かにあるだけ。裾野に目を凝らすと、木々のふさふさした感じが見てとれた。山が生きていることを証明するかのように。

湯川は、この町の大動脈のようなものだろうか。冬の間は静寂を保つこの川も、この陽気で雪融けが進み、息を吹き返したよう。川の周りは落葉樹と枯草ばかりの冬景色そのものだが、流れには勢いがあり、ごうごうという音も耳に届いてくる。この水がやがて地表を潤し、芽吹きを後押ししていくのだ。
この冬を振り返ると、東京でも雪日が5日以上あったりと、全国的に冬本来の寒さを実感した年になったと思う。冬という季節が完全に春へと移行したわけではないのに、既に冬を過去形にしているなんて...。きっと、周期的に訪れる小春日和が、気分をすっかり春にしてしまうのだ。いけない、いけない。この地の木々が安心して芽吹くにはまだまだ時間が必要で、雪の日だって、-10℃近い冷え込みだってあるのだから。
三寒四温を繰り返す3月の天気は時に荒々しく、上空には”ジェット気流”が舞い込むこともあるそうだ。今日は一足早く春を味わえた一日だったが、明日は再び冷たい空気が流れ込んで雪が降るかもしれないという。
庭からツグミの姿が消えていることと、天気の移り変わりに因果関係はあるのだろうか。彼らのような冬鳥がシベリアの森へ帰郷する日は、空に高速道路が敷かれる、こんな瞬間なのかもしれない。そう思うと、風を読んで、風に乗って...命を紡ぐ旅を続ける野生の生き物に気づかされることは多い。
2010年03月02日
雲の切れ間から 浅間山
雪に覆われてた庭に石垣に、”苔”が姿を現した。何ヶ月ぶりかに見る青さは新鮮だ。この時期にしては気温の高い日が続き、氷点下にならない夜が何日も続いている。そうして、長い間凍りついていた土の地面が、いよいよ”解凍の瞬間”を迎えた。いやらしいほどにぬかるむ地面、霧にけぶる日中、外気温は6、7℃あるというのに室内は真冬より肌寒い。例年より二週間ほど早い、春を前にした現象だ。

佐久市から自宅へ戻る途中で、重く垂れこんだ雲の間から、浅間山とそれに連なる山々が垣間見えた。標高の高い軽井沢は、山の裾野の一部にあるといつも思う。数十分のうちに山を下りて隣町に入った途端に、予想を遥かに超える明るさや暖かさに迎えられ。山を上って帰路につけば冬、雪や氷に再び包まれてゆくのだ。季節を行ったり来たりする不思議な体験が、日常の延長線に存在している。
今日という日は、山を下りていっても隣町と変わり映えしない眺めが視界に広がる。すれ違う車がライトを煌々と点けているのは、この先に濃い霧が待っているサイン。霧というものは、厳冬期には出ない。厳しい冬は終わった。



