| 避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。 | |||||
2009年09月29日
今年の紅葉は早め?
今週に入ってから、一転して雨模様の軽井沢。冷たい雨が降ったり止んだりを繰り返す日々で、カラリとした秋の陽気が懐かしい。
紅葉は、木々が芽吹いていった順番をきっちり守り通しながら進んでいるようだ。北国に春を告げたコブシが落葉のトップを走り、赤い実をすべて落として初夏のように緑色の葉ばかりになったヤマボウシは、再びその葉を健全に熟した林檎のように赤く染め上げている。芽吹きの早いリョウブは褐色に色づいたのも束の間、今ではほぼすべてが落葉して枝だけの姿になった。葉の色を変えても、長い間そこに居続けるものと、呆気なく去るものがある。
まるで10月のある日のように、見事に色づいてゆく庭を眺めていると、どうも今年は紅葉がかなり早めに進んでいると感じる。例年より2週間くらいは、確実に、早い。9月の末にモミジバフウの葉が濃い紫になっていて、足元では山リンドウやシャジンの花が既に満開になっているのだ。秋をもう少し、ください。

10日ほど前に撮影した、ゲンノショウコの色づき。このような複雑なピンク色を何と呼ぶべきか。フランスの伝統色の中から見つけてみたい。
2009年09月21日
冬を前に メンテナンス終了
カラリとした秋晴れの午後。片流れの屋根に梯子をかけて、二台の薪ストーブの煙突掃除を行った。例年なら、夏の間にも薪ストーブのお世話になる日があるのだが、今年は一度も焚かずに秋へ。そして、冬を迎える。
秋といえば台風の進路が気になる季節で、外壁のメンテナンスも「9月の台風前に終わらせよう!」というのが当面の私の目標だった。ありがたいことに今年の9月の空は、毎日が静かで平穏な流れを保ち、メンテナンスは週末にのんびりと終わりを迎える。だから余計に感じるのだろうか?日本の政治が、新しいリーダー 鳩山由紀夫氏の下で、かつてないスピードで動いていることに。この国が、すでに成長から成熟期へ移行していることは確かだ。暮らしを見渡せば、生活に必要なモノはもう充分に溢れている。今あるものを買い換えようとする時、また新たに欲しいと思う時、自分が基準としている”何か”がある。毎晩 薪ストーブの炎を眺めるようになると、そういう何かがくっきりと輪郭を浮かび上がらせ、暮らしの軸が定まっていく気がするから不思議だ。
2009年09月20日
離山に 新しいアプローチ
秋の大型連休を、最近になって”シルバーウィーク”を呼ぶようになったらしい。ゴールデンウィークに次ぐ連休だから、オリンピックのメダルのようにわかりやすく、金・銀・銅?なのだろうか。そういうことに疎い私は、てっきり「敬老の日があるからに違いない」と決めつけていた。同じように思い込んでいる人は結構多いんじゃないかな?と思う。
秋晴れに恵まれた軽井沢も、朝から賑やかだ。あまりに気持ちがいいので、ハイキングに行こうとなった。自宅から歩いて一番身近な離山へと向かう。いつものように渋滞する離山通りの歩道から別荘地を抜けて登山道の入口へ。登山はこれからなのだが、離山別荘地の中はじわじわと傾斜を感じるアプローチ。夏場なら、相当の汗をかいてしまう。家の近くの栗の実はまだ青々としたものだが、ここの路面には茶色いイガが落ち始めていた。離山は、れっきとした山なのだった。時刻は12:00前、上から下りてくる人と、これから上がる人が混在する時間で、多くのカップルや家族連れとすれ違った。山頂より500mほど低い展望台で小休止。今日は空気が澄んでいる。プリンススキー場のある矢ヶ崎山も、その先の妙義山も鮮明だ。一台のヘリが妙義方面へ飛んで行ったことが気になったが、後にそれが行方不明になっていた くれよんしんちゃんの作者発見と知ることになるとは...。

頂上からは、浅間山やアルプスもくっきり。これまで何度も登っているが、今日の眺めが一番だ。帰路は、出来たばかりの”南口登山道”にとってみたい。山の斜面をトラバースしながら市村記念館の敷地に降り立つとあり、これは嬉しい。下りはじめて数分して、木々の中に浮かぶユニークな木道を発見!トリカブトなど秋の野草を愛でながらの、楽しい下山となった。山頂からのんびり下りて、40分ほどの距離である。
従来の東口登山道との違いは、「山の中にどっぷりと浸かってしまった!」という恐怖にも似た感覚だろうか。獣道も見られたし、「確かに、ここには必ず熊がいる。」と思えた。だから、軽井沢の山に於いて熊鈴は必携であると思う。私は熊が冬眠中以外は必ず持ち歩く。しかし、東口を歩く人々の多くは、あまりにも軽装だった。夏の果実が終わって、秋の木の実が食べごろを迎えるまでは時間を要するというのに。”どんな山でも、食べ物が途絶える時がある”。それは、この地に暮らしてようやく知り得た、何よりも大切な自然の姿だった。

2009年09月19日
ひまし油の花
今日、初めて”ひま”の花を見た。正確には”唐胡麻”というらしいが、まさか、この鮮烈な赤い花の種から”ひまし油”が採れるとは...。

以前、旦那さんの髭剃り用にと、ひまし油を使った石鹸を仕込んだことがあった。ひまし油は昔からポピュラーな薬用油であるらしく、今でも薬局に行けば簡単に見つけることができる。そういう意味では、はっか油と似た存在なのかもしれない。それにしても、全身が真っ赤っ赤なこの花の、なんとモダンなこと!
2009年09月16日
ハンティングの時間
午前11時からと午後3時からは、庭の木々を照らす光に見惚れてしまう。そこに流れる空気は、冬のように張りつめたものではないけれど凛として、低い位置から差し込む光は背中に浴びると熱いほどだ。障害物に遮られないある部分だけが光の真っ只中にあり、花開いたばかりのサラシナショウマが限られたそのエリアの中で咲いてくれたことが嬉しい。
サラシナショウマに歩み寄ると、足元に通い猫のトラオがいることに気づいて、びっくりした。居るというより、この時間の”影”の中に身を隠しているといった表現の方が正しいかもしれない。

頭上の木々の葉が微かに揺れて、小さな鳥の声が聴こえてくる。鳥たちが夕食にありつくこの時間は、すなわち猫の猟の時間でもあったのだ。ヤマボウシのパンパンに膨らんだ赤い実には、無数の虫たちが群がっている。鳥は、そうした虫を嘴で突き、果物とタンパク質を同時に食べているのだろう。水辺鉢の水で乾いた喉を潤しに来ることも、このハンターは知っている。本気で捕まえる気など、また捕らえたとしても本当に食べるとは到底思えないが、きっとこれも猫の本能なのだろうと思う。

良く見れば、猫が脚を揃えて座っているのは切り株の上。こう見えて、猫という動物はけっこう綺麗好きなのです。軽井沢の地面はいつも湿っていますからね。暖かそうな毛を纏っているのは、彼が家の中ではなく外で暮らしていることの表れ。朝晩は、めっきり冷えるようになった軽井沢です。
2009年09月13日
秋の光 味覚の秋はじまる
少し寝坊をした朝は眩いほどの光が”頬”を照らして、それで目覚めることもある今日この頃。太陽は、ずいぶん低い位置から差し込むようになった。季節が確かに移り変わっていくことを、実感する。
昨日は冷たい雨の一日だったが、雨上がりの翌日ほど美しいものはない。夏の間に飾ったスモーク・ツリーは、乾いた空気の下で完璧なドライフラワーとなった。庭の中央にそびえ立つ、ニレケヤキの枝葉に到達しない午前中の太陽が、このドライフラワーにスポットライトを当てる。光が無ければ、色は存在しないことを教えながら...。淡くて複雑はピンクの色は、数種類のスモーク・ツリーを無造作に投げ込んだ効果だろう。今日は、なんだかとても綺麗。

同じく秋の光を浴びた多肉植物が、小さな花を咲かせていた。昨年に買ったものだけど、果たして何という名前だったか?思い出せずにいる。

午後、久しぶりに散歩がてらスーパー ツルヤへ行くと、旦那さんの目が輝きはじめた。そう、忙しさにかまけて、今が味覚の秋であることを忘れていたでしょう?新鮮な鮮魚コーナーには秋鮭のイクラも白子も並ぶ。鮭も鱈も塩に浸かったものではなく、今なら”生”が手に入る。こんなに山に囲まれた場所に居るというのに、日本海の新鮮な魚が流通するのだから、ありがたい。
そろそろ、新米の便り。新鮮なイクラを使って、さっそく醤油漬けを作りたい。しかし、ツブツブのイクラを取り出す作業が苦手な私。「ううむ...」と唸っているうちに、秋の味覚に目覚めた旦那さんが本を置いて、「やってみたい!」と言いだした。くれぐれも貴重なイクラをつぶさないように、優しく丁寧にお願いしますね。私は漬け込む出汁を作ります。

そもそも我が家には、厨房やキッチンと呼ばれる仕切られた空間がない。そこには、リビングと一体化した”料理するための道具”が置かれているだけ。食べることは生きることそのもの...そんな風に少しずつだが感じはじめて、それが月日を重ねるごとに自分の中で確固たるものになっていった結論である。だから、家を作るとなった時は”建物の中の一番いい空間に、その機能を持ってきた”。そうして作った空間に身を置いて、もうすぐ丸7年。人が集まる時は、やっぱり食べるものを囲む時であった。家の中で最も清潔を保たなければいけない場所もまた、ここ。いつでも、どんな時でも、我が家の料理する道具たちは人目にさらされることになるが、隠したいと思ったことは今のところない。リビングの中央に鎮座する薪ストーブも立派な調理器具、この冬の火入れはいつになるだろうか?と来る冬に想いを馳せた。
2009年09月11日
天窓から網が消えて...
熱割れを起こしていた天窓の交換が、9日の朝 無事終わった。今度は”網入り”ではなく、”透明で強いガラス”である。これまでは、天窓からの光をシャワーのように拡散したいと天井付近にポリカーボネイトの板を被せていた。それは、柔らかで安定した光の間を提供し続けてくれていたから、それはそれで良かったのだが、これからは透明なガラス。この際だから、試しに外してみようと思い立つ。
すると、この通り。青空に薄っすらとかかる秋の象徴 鱗雲が頭上をたおやかに流れているのが見て取れた。まだ青々とした葉は北の庭にそびえ立つウワミズザクラだ。いつの間にか屋根の上にまで枝が張り出していたのだから、驚きである。木の成長は、ここでの暮らしがようやく地に着いてきたことを計る羅針盤のようなものだろうか。今年からは、躊躇うことなくバッサバッサと剪定が出来ている。昨年までは、恐る恐るだったのに...。

↑ 今日(11日) 10時 天を仰ぎ見た図。
↓ 昨日(10日) 14時 天の様子を伺うように見た図。

網入りガラスでも外の様子は見れるが、ここまでクリアな眺めではないだろう。ポリカーボネイトは暫くお休みと決める。時刻によって、天気によって...これからは、天窓からも季節の移ろいを感じることができるのだ。
ここにきて、軽井沢はグッと秋?いや冬めいてきた。昨日の朝の気温は僅かに6℃!今朝は少し上がって8℃である。夏の間は見えていなかったものが、いよいよ鮮明に見えてくる季節。外へ出れば、白露が舞い降りたことが感じ取れ、行き交う車の尾からは微かに湯気が見え隠れするようになった。赤く色づく木々の実に注意を奪われているうちに、葉っぱ全体、木の全体、庭全体が赤みを帯びていくことに気づかされるから、目が離せない日々のはじまりでもある。眩しいほどによく晴れて、湿度は25%くらいと乾き仕事を進めるにはうってつけ。今日という日は、忙しいことが嬉しい一日となりそうだ。はじまったばかりの紅葉そのものを見ているようなこの時期だけの林檎 つがるをおやつに頑張るとしよう。
2009年09月08日
京の小路を歩く 夜の嵐山
2009年09月07日
はじめての錦市場
月曜10時の錦市場は開店の準備を進めている店が多く、行き交う人もまばらだった。ここは早朝からテンションの高まる市場ではないらしい。大勢の客に紛れて、のんびり品物を物色することができるだろうと思っていたのだが、大誤算。これは、緊張が連続する買い物になりそう。それでも、予備知識のない状態で知らない場所へ一歩足を踏み入れることは、一生に一度限りの楽しみ。頼りになるのは、自分自身の直感だけ。さぁ、頑張ってみよう。
烏丸通りから京都大丸の裏口に入っていくと、すぐに錦市場のアーケードを見つけた。実は、昨夜遅くにこの市場を歩いて、宿へ帰っていたのだ。市場といっても大型車が通れる幅はなく、昔ながらの商店街が軒を連ねている感じた。通りの床は見事なまでに磨かれ、よくある魚臭さは感じられない。また、ダンボールなどを軒先に出したままにしている店もない。間口を狭くすることで税金を安くしたという、京の町屋づくりの影響がこんなところにも見られるのだろうか。いったい、この細々とした間隔でいったい何店舗の店や物がひしめきあっているのだろうか。頭上に整然と並んだ蛍光灯入りの店看板、その青白い光が途切れるたことで市場の端から端まで歩いてしまったことに気づき、明日はどれほどの人で賑わうのだろう?とワクワクしながら眠りについたのだった。
実際に市場を歩きはじめて、まず目に止まったのは魚屋さんだった。新鮮な水揚げされたばかりの蛸が台の上に無造作に置かれていて、一夜干しやみりん干しも多く見られた。八百屋さんには珍しい京野菜がズラリと並ぶ。見たことも、聞いたこともない野菜もある感じだ。とりあえず、はじめは端から端まで歩くだけ歩いてみよう。突き当りは錦天満宮、お参りをしてここで引き返そう。コンコンと流れ出る清めの水は甘みがあって、とても美味しい。

同じようなラインナップの店も多いが、店の醸す空気は微妙に異なっている。「ここは、良いかもしれない」そんな風に感じて、初めての錦市場で店主に声をかけたのが、乾物屋だった。そこにある干物があまりに美しかったからだ。ささがれいに、あみ、ホタテ、日本海で水揚げされたそれらを、丁寧に天日干ししているのだという。京料理の要 極上の出汁をとるために作ったという出汁パックを味見させてもらうと、ほんのりと椎茸の香り。これはよさそう!「一番は料理に、二番は味噌汁に。最後は細かく刻んで佃煮やふりかけに。うちは出来る限りいいものをつこうてるから、捨てるものは何もないんよ。」主の自信に満ちた声に、魅惑的な乾物と出汁パックを買う。「初めて市場に来たのだけれど、こんなにいいものに出合えて嬉しいです。」と私。これが、錦市場で最初の買い物となった。
次に気になったのは、八百屋だった。まず私が興味を持ったのは、ルバーブに似た”ずいき”という京野菜。まず、関東には出回らない野菜だ。
「これ、買ってみたいと思うんですけど、どうやって食べたらいいですか?」と声をかけた。すると、「まず皮を剥いて湯がいてな。出汁で煮たら、うまい。面倒なんや、手間がかかるし、爪も真っ黒になるしな。そんでも、美味しい。こうてみる?」私は「うん、うん」と頷く。そして、とうがらしやシシトウの類の多さに驚いた。「満願寺とうがらしに、○○とうがらし、○○ししとう、鷹峰とうがらし...いろいろ、あるんですね~。これとこれは、どんな味?」「そやね、賀茂ナスと水ナスの違いがようわかるか?」「そう言われると...」「そやろ、京野菜の味は説明が難しいねん。両方食べてみて初めて違いがわかる、そういうもんや。」”鷹峰(たかがみね)”という地名の響きに、私はなぜか惹かれた。「これ、買ってみようかな。」「鷹峰産や、ずっと北のほう。まだら模様のうまい豆は知ってるやろ?あそこや。満願寺とうがらしは一年中あるけどな、鷹峰は今だけや。ここ2週間!」「味覚の秋やいうけどな、京都では、ほんまは野菜がない時期。根菜が出るのはずっと先やしな。だから、今が一番ええ時かもしれん。京の野菜はなんといっても甘いし、うまいな。寒いのがええねん。」京都弁と関東言葉で、このようなやりとりをしたと思う。私は、赤いずいきと鷹峰とうがらしを買った。謙虚な気持ちでいれば、観光客だって相手にしてもらえるようだ。あぁ、よかったー!と胸をなで下ろす。そうだ、ここは外国ではない。同じ日本、日本人同士なのだから...。なのに、どうしてこんなに緊張してしまうのだろう。TAXIやバスを足にしてお寺まわりばかりをしていたら、永遠に知らなかった京の日常に、今まさに触れている。なんだか楽しくなってきた。
魚屋で目にした、サバのぬか漬け”へしこ”も気にかかっていた。私は、未だにへしこという珍味を食べたことがない。隣にはイワシを漬けたへしこも!イワシのへしこには”最高級”という赤いコピーまで書いてある。そうか、これこそ庶民の食べ物かもしれない。店の人に「イワシの、ですかー?」と話しかけると、「塩辛いけど、お茶漬けに合う。常温で3ヶ月は楽にもつよ。」と言われた。きっと、いや絶対にこれは庶民的な味をしているのだ。迷わず3尾買う。イワシのへしこは、福井の方の保存食のようだ。
次に、デパ地下探検にくりだすことにした。手には新聞紙にくるまれた赤いズイキを持ったままだ。お目当ては、なかなか東京に出回らない調味料。薄口しょうゆや、くずきり、蜜、山椒のきいた七味などを買う。このまま買い物を続けるのは困難な重さになってきたので、ひとまず宿に戻って荷物を置こう。市場はお昼が近づいても準備中の店があった。もしかすると、夕食前は、また発見があるのかもしれない。
再び市場のアーケードを訪れたのは17:00、午前中とは全く違う賑わいを見せていたから驚いた。二軒の蒲鉾屋が、揚げたてホヤホヤのねりものを店先に並べはじめていた所で、”冷やし あんぺい”という、見るからに美味しそうな夏だけの生蒲鉾と湯葉天を衝動買い。続いて湯葉の店に行くと、ここにも出来たての生湯葉が並んでいたから...。出汁巻き卵に、焚きたてのかやくご飯...いやはや困った。この市場は夕方こそ魅力的だったのだ!あぁ、来て良かった。少しづつだが買い物にも慣れてきて、金物の店 有次では店の方と話をしながら、じっくりを鋼の道具を手に取ることができた。
自宅に戻って、今回のお土産を並べてみると...珍しいことにお菓子はなく、料理のための材料ばかり。夏は、生ものは、その場で最も美味い状態で食べて帰るに限ると思えた、今回の旅。いつの日にか、八百屋さんが話していた冬の京野菜をお土産に。

2009年09月06日
はじめての比叡山 延暦寺
軽井沢から車を走らせて、5時間あまり。京都を目前にして休憩したのが、草津パーキングエリアだった。9月に入ってすぐの週末はどこも静けさを取り戻すと聞いたことがあるが、京都もそうだろうか。車を停めて琵琶湖を一目見ようと歩きだす人々は、やはり遠方のナンバーが多い。私は、琵琶湖の先に連なる山稜を見ていた。朝日に照らされた比叡山である。
行ってみたい気持ちはありながら、なかなか行けないでいる場所は意外と多い。比叡山 延暦寺もそうだ。私が初めて京都を訪れたのは中学時代。TAXIを借りきって、自分たちの行きたい場所に行って良いという自由行動があった。日本史も世界史も、勉強するのが当たり前とされた時。しかし、私にとって日本史はあまりに身近なことと思え、年号を叩きこむだけで精一杯。いつまでたっても苦手の域を出ない科目だった。そんな日本史の中で唯一興味が湧いたのが、日本仏教の開祖”最澄と空海”の存在だった。仏教がこの国に伝来した歴史を辿っていくと、様々な僧侶が集い、厳しい修行をした”ふたつの大きな山域”に行きつく。天台宗の総本山である比叡山(滋賀)と、真言宗の高野山(和歌山)である。初めての京都となる私にとって比叡山という地は歴史に一歩近づける気がして、とても神秘的な場所に思えていた。しかし、京都市内からとなると、かなりの時間を要する。グループのみんなは祇園の路地を歩く気で満々だし、「大きくなったら、いつでも行けるのだから...」と先送りにしてしまったのだ。それから何度も京都の地を踏んできたが、いつも欲張りな旅を計画してきた為に後回しに。今回は車で来たことが幸い!京都の中心部まで行かずに一つ手前の東インターで下れば、スムーズに比叡山に立ち寄ることができそうだ。
インターを降りると、比叡山→の表示を見つけた。バイパスを敦賀方面に進む。近江神宮ランプでバイパスを降りると、比叡山ドライブウェイ 田の口ゲートの入口だ。延暦寺は東塔・西塔・横川エリアを総称したもので、どこを見たいかによって、ドライブウェイの終点まで行くか否かは自由。今回は”根本中堂”を見たいので、山の中腹(東塔)まで上がることにする。高度をぐんぐん上げていくと、琵琶湖がその姿を現した。
2009年09月04日
一晩で現れた 赤い実
昨日は、最高が17℃ 最低が13℃という10月中旬の空気に包まれた軽井沢。七分袖のカットソーを着てみるが、肌寒い。その上から長袖を着こんで日中を過ごすものの、夕方が近づくと背中のあたりがゾクゾクと冷えて、「えっ、もう?」と思いながらもホッカイロの助けを借りた。
室温は、人が最も快適と感じる気温 22℃を指しているが、霧まで出始めると体感温度はグッと下がる。夏の間は、できるだけ点けないで過ごそうと努めてきたハロゲンの灯りが、今日はちょっとした暖房器具のよう。ほどよい温かさが、嬉しい。
今朝は、9時をまわってようやく、朝日のような光が木々を照らしはじめた。秋からの朝日は東の窓から眺めるのが一番!椅子に腰かけて何気なく外の様子を見ていると、ヤマボウシの実に驚いた。葉っぱと同じ色をした実を沢山つけていることは知っていた。しかし、それが僅か一晩で”真っ赤な実”へと変貌してしまったのだ。玄関前の楓も、スプレーを吹きつけたかのように色づきはじめていた。

季節は、こうして移り変わる。昨日の姿に戻ることは無く、ただ明日へ次の季節へと歩むためだけに...。そうした自然が日々見せる 懸命さ、潔さはいつしか私の憧れになった。



