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2009年06月14日
木の花の終わり 近づく
たった一日のうちに、晴れ・曇り・雨・雷...と、空の様子が目まぐるしく変化する日々が続いている。梅雨時は冬の日と同じで、空模様に自分を合わせていくのが、自然。
午後は真夏の日差しが戻ってきたことが嬉しくて、家じゅうの”布団”と名のつくものに次々と掃除機(ダニを退治するため)をかけ、順番に外へ干していった。晴れ間が出るのとほぼ同時に広がる蝉の音は、とてつもない勢いで空気が乾燥していく証拠に思える。だが、空から雲が消えることはない。梅雨時は限られた晴れ間をいかに有効に使うかである。サンサンと降り注ぐ太陽の光の下で午後の転寝を終えた布団たちを室内に運び入れたら、思わず「ふぅ」と一息。額に汗をかいている。リビングの床にペタリと座り、庭のミントをたっぷりと入れたソーダ水を喉に流し込めば、東西南北に開けた窓からひんやりとした風が頬を伝った。蝉の音は知らぬ間に消えて、代わりに聴こえてきたのはカッコウの透き通る鳴き声。山からの水気を蓄えた空気が、幾つもの木々に触れながら降りてくる。
6月の中旬となれば、花をつけた木は僅かだ。山の木に咲く花は不思議と白いものが多く、それが景色をいっそう清々しいものにしている。香り高いウツギの花は終わった。ガマズミはずいぶん長いこと咲いているが、そろそろ色褪せる頃だろう。庭のヤマボウシの白いガクが際立ってくると、軽井沢じゅうの紫陽花が咲き始める。花屋には、軽井沢に春がやってきた頃(4月下旬)から園芸品種の紫陽花が並んでいたから、この目はもう何ヶ月もの間 紫陽花という花を見てきたことになる。
衣装でも野菜でも何でもそうだが、少しだけ季節を先取りすると特をした気がするもの。だが、ここでは旬は旬のままで良い気がする。野菜も果物も露地で育ったものでよく、それが一番美味しい。旬とは、一年ぶりの再会のようなものだろうか。その時期は毎日同じものばかりを食べていても、後で振り返れば最も美味しかったことに気づくからだ。
木の花は時代がどんなに変わっても、純粋無垢な旬を守り続けることと思うが、そうであって欲しいと願う。一年に一度きりの眺めだから、今日も私は”木が一年ぶりに咲かせた”花をじっくりと眺めている。
posted:2009年06月14日 17:11



