Studio Born Conduction
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Born Conduction Life in 軽井沢
避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。

2009年04月30日

新緑にからまる綿毛 

09.04.30.シャラの若葉にたんぽぽ.jpg

シャラやコナラの芽吹きは銀色が際立って美しいことから、この時期のささやかな楽しみのひとつ。シャラの淡い若草色の葉がようやく開きはじめ、中から黄色い葉が顔を出したのはここ数日のことだろうか。春はやっぱり黄色!庭に嘴の黄色い珍しい鳥が来ていて、いそいそと調べてみるとクロツグミという鳥だった。黒光りするボディに対して、お腹はツグミのようにまだら模様。ルックスはアカハラという形で、我が家には一度も来たことがなかったと思われる。

シャラの葉にかかった蜘蛛の糸は、小さな生き物が活動を開始した証拠。そこに偶然引っ掛かった綿毛を、西日が教えてくれた。たんぽぽの綿毛のようにも見えるが、軽井沢のたんぽぽは咲きはじめたばかり。すでに綿毛となっているのは、庭を見渡す限り蕗の花だけだ。今年も昨年どおり、庭に決まって現れる蕗の薹(ふきのとう)で苦み走る春の息吹を味わった。そんな蕾も花となり、ぐんぐん首を長くして種となったようだ。地下茎で繋がる蕗は、今ごろになって丸い葉をポンポンと地上に出すのだから面白い。蕗の薹から始まって、つくし、蓬、花わさび、菜の花、タラの芽、こごみ、わらび、コシアブラ...山菜に舌鼓を打つ季節が訪れる。

time : 17:12 | コメント (0)

2009年04月28日

動かぬ桜に考えさせられて

明け方の気温は-4℃。霜注意報が大袈裟でないと知らされた朝だった。この時期の我が家に窓から差し込む日の光は高く、しっかり”日向”と感じられるのは午前中の数時間だけ。だから、窓を開けて外の暖かさにびっくりすることがある。特に午前中は、室内より外の空気の方が各段に温かく、やわらかく、やさしい。温度だけでは作り出せない、日だまりの成せる技だ。

今日は車にノーマルタイヤを4本積みこんで、タイヤ交換にでかけた。何かと忙しく、今シーズンは履き替えが連休の始まる前日である。雪の少なかった今年は乾いたアスファルトを走り過ぎてしまった。路面に吸いつくように音をたてて走るタイヤに「ごめん、ごめん!」。浅間山は今日も雪化粧、裾野を彩る若葉の緑色もゆっくりペース。

09.04.28.薄すらと雪の浅間山.jpg

満開の桜は見逃した佐久市の長野牧場。ピンク色の花は残すところ僅かとなったが、その代わりに薫風というべき清々しい風が桜並木を駆け抜けていた。

09.04.28.長野牧場の桜並木.jpg

足元の緑も鮮やかとなり、上からも下からもみんなで春の訪れを歓迎しているかのよう。葉桜となった老木の幹は木と思えぬほどゴツゴツとして、色合いといい まるで噴火によって生まれた浅間石そのもの。地面に目を向けるとそこには、散った桜の花びらが敷きつめられていた。花吹雪もあったのだろうなと、その様子を想像してみる。根を下ろした樹木はひとりでは何処にも行かない、行けない。終の棲家は此処だ。

09.04.28.長野牧場の葉桜.jpg

現在、人はあらゆる手段を使って移動ができる生き物となっている。
今日、新型インフルエンザ(豚インフルエンザから変異した)の警戒レベルは3~4へと引き上げられた。火山活動を示すレベルと同様に、3と4の違いは大きい。鳥インフルエンザと比較してみると致死率ははるかに低いと言われているが、ウィルスというものは目に見えない分、どの程度まで感染予防をしたらよいのか?その判断が難しいところだ。日本には花粉症という特異な現象がある為、幸いマスクを着けることもマスクをした姿が街に溢れた風景にも慣れきってしまっている。しかし、これは全世界的に見ると、やっぱりおかしなこと。こんな時こそ、簡単には風邪にかからないような体の持つ免疫力という力を信じて、食べ物に気を遣って暮らしていくことが大事だと思う。桜の老木を見ていて、動かぬものと動くもの どちらが良いのだろうと考えさせられた一日だった。

time : 19:43 | コメント (0)

2009年04月26日

光のなかで過ごす 一時間

ふたたび寒気が入って、山は荒れ模様。軽井沢も、台風が来たかのように朝から強風が吹きつける危なげな一日となった。雲間から顔を出した浅間山を、これぞとばかりに眺めてみれば、こちらも薄っすらと雪化粧。今日 黒斑山へ登った人の報告によると、一番深いところでは1mの積雪があったというから驚きだ。

夕方、水辺鉢の水面が小刻みに揺れていたので、「浅間山からの吹き下ろしか、小雨なのだろうな」と思っていた。山の天気は変わりやすい。だから、今日のような日に雪が舞ったとしても、それほど不思議ではないのだ。しかし、今日は違っていた。空から断続的に降っていたのは、”落葉松の若葉”だった!

09.04.26.春の嵐 落葉松の若葉.jpg

デッキの上には、小さな小さな緑色の、秋から比べたらはるかに短くて柔らかい落葉松の葉が無数に舞い降りていた。中には、枝ごと落ちてきてしまったものもある。そこには、松ぼっくりの赤ちゃんもあった。ミニチュアのパイナップルのようである。そう、松ぼっくりは、まさにパインのアップルなのだ。

目を見開いていられないほどに眩しい西日も、この時期ならでは。午後4時半からの一時間は、西日の真っ只中で過ごすのが何よりの楽しみだ。友人が、庭から切って持たせてくれたクリスマスローズを西の間へ持っていくと、瞬く間に暖かな光に包まれて、見ている私も幸せな気分に。

09.04.26.ゆりさんのクリスマスローズ.jpg

「庭に沢山あるから...」とはいえ、美しい枝葉や草花を切ることは なかなかできないもの。友人のあたたかい心づかいが嬉しい。

time : 17:27 | コメント (0)

2009年04月25日

リビングの紫陽花

芽吹きや開花を後押しした初夏の陽気から一転。今日は朝から冷たい雨の降る一日だ。数日前に広がったばかりの、まだ柔々とした若葉に容赦なく雨が叩きつけられていく様子は、窓越しであってもなんだか痛々しい。だが植物は、どんな”雨にも負けず”の精神であるらしい。昨日よりずっと生き生きとして、喜んでいるかのようだ。米を主食とする日本において今は、種撒きの季節。雨は、必要な時に必要な分だけ降ってくれたなら、これほど嬉しいことはない。

今日の軽井沢は、一日を通して5~6℃の気温にしかならないそう。しかも、この雨、この湿度。どおりで寒く感じるはずだ。こんなジメリとした日は、リビングに飾った玉紫陽花が大喜び!

09.04.25.リビングの玉紫陽花 スターライン.jpg

ゴールデンウィークと言えば5月。辛夷や桜で春の到来を歓迎しているうちに、花屋には早くも紫陽花が並ぶようになるのだから、春が来てからの月日はあっと言う間だ。我が家にとってこのような玉紫陽花は、もっぱら室内で楽しむためのもの。庭に根を下ろしても、花を咲かせることはない。

time : 10:55 | コメント (0)

2009年04月23日

林で見つけた 赤い耳飾り

早春に咲く花はなぜか黄色が多い。マンサクの花もそうだ。しかし、錦糸たまごのような花が散った後のマンサクに、再び目を凝らすことは少ないかもしれない。この時期、マンサクには樹脂でできたような赤い花らしきもの(もしや雌花?)が出現する。「この正体が何なのか?」である前に、私はそのデザインに懐かさを覚えた。一昔のイヤリングやピアスには、こんな意匠や質感のものが多かったから...。

09.04.22.マンサク 黄のはなびら落ちて.jpg

そして、雑木林の赤という共通点でユニークな存在をもう一つ。4月12日に見た、ツノハシバミの赤い雌花だ。林の中の赤い花は意外と目立たないので、歩きでないととても見つけられないと思う。虫のように無数に垂れ下がっているのが雄花で、秋には、これまたユーモラスな愛らしい角状の実をつける。

09.04.12.垂れ下がる虫の木と赤い花.jpg

こんな感じで植物に近づいてみると、自然界は、紛れもなくデザインの宝庫だと再認識!興味を持ったら写真におさめ、自分の感覚を頼りにしながら調べるようにしているが、その過程がとても楽しい。ひとつの木であっても、冬芽の時・開花の時・展葉の時と別人のように姿を変えていくから、全体像を掴むのは至難の業。いつも見ている木なのに、その花にまったく気づかないでいることも多いのだ。

季節は巡る...年に一度という、それぞれのチャンスを運悪く逃したとしても、こちらが気づこうとしていれば、その時間は巡り巡ってやってくる。南北に長く、標高差にも富む日本という土地だから なおさら。

time : 18:38 | コメント (0)

2009年04月22日

魅惑のカタクリ

この春は、ご近所さんのカタクリが当たり年だ。

「あの辺りよ」と指をさされて眺めてみると...

09.04.22.井出家のカタクリ 遠景.jpg

さらに近づくと、カタクリの群生が出現!こんな風に寄り添って咲くなんて。

09.04.22.井出家のカタクリ 群生.jpg

よく見ると、不思議な咲き方をしている。下を向いて、花びらはチューリップが反り返ったような。花粉をつけた雄しべがマッチ棒のようで楽しい。そして、何よりも色合いが美しい!多くの人々を惹きつける理由が、ようやくわかった気がした。
周りを見渡せば、木々の芽吹きはもう少し。今なら、下草に目を向けた方が良いというわけなのか?カタクリの種は蟻が運んでいると、いつか何処かで聞いたことがある。この咲き方を見る限り、本当なのかもしれない。
いつの日か、ソーダフォンのロケットのような蕾が開く瞬間を目にしてみたいものです。 ↓ が蕾。

09.04.22.井出家のカタクリ アップ.jpg

time : 15:42 | コメント (0)

2009年04月19日

コブシの香りを嗅ぐ

満開のコブシの”白”に見惚れているうちに、早咲きの桜も咲きだしていた。雑木林の下草は、日を追うごとに若草色を濃くしている。こうなれば、落葉松もいよいよ目覚めの時。5月まであと10日間という、この時期の軽井沢はまさに芽吹きのラッシュ。「この黒い地面が、草に覆われる日など来るのだろうか...」と錯覚していた長い冬は遂に終わった。窓から微かに見える浅間山に根雪は無いに等しく、ここ数日はコブシの花を通して、その山を眺めていることが嬉しい。

今日はいつもの散歩コースを延長させて、少し遠くまで歩こうと思う。お目当てはコブシである。私の手の届く位置で花を咲かせる大木があるのだ。眺めるばかりだったこの花の香りを、今日はじめて嗅いでみる。すると...甘くてスッと心地よい、それでいて上品な、そのまま香水になってもいいような素晴らしい香りがした。

09.04.19.南原の辛夷 いい香り.jpg

コブシはモクレン科だから、「もしかすると、甘い香りがするのかもしれない」と思ったこともある。だが、漢字の”辛夷”という字から連想するには、ずいぶんかけ離れているような気がしていた。スエードのように贅沢な蕾がしっかり閉じ込めて守り抜いていたのは、花の中のこの香りだったのかもしれないと、香りを知ってしまった今は思える。やはりコブシは、北国の春を告げるに相応しい存在。 日当たりの良い場所では、早くも散り始めている。

09.04.19.バイパス 辛夷のから.jpg

一年の半分以上が冬に支配される土地の花は、みな急ぎ足だ。梅も桜も、ごく僅かな時間差で咲きはじめ、花と同時に葉を広げていくものも多い。それもこれも短い夏を生きる為と知れば、ますます植物から目が離せなくなってしまう。デッキの下では、ツクシやヨモギがぐんぐん成長しはじめた。草に逢うと書いて、蓬(よもぎ)。草を摘むことが楽しい、嬉しい季節の到来だ。若葉に包まれていく日々が、私達にもたらす力が計り知れないことを知らされる季節でもある。

time : 15:22 | コメント (0)

2009年04月15日

一雨ごとに 緑

まとまった雨は何日ぶりだっただろう。雨降って地固まると言うように、昨日の雨は、鉛筆だけのスケッチが確実な一枚の画へと仕上げられていくように感じられた。

私はゴルフをしない。親戚にはレッスンプロもいて、いつ手を染めてもおかしくない環境だったと思うが、興味の対象にならずに今に至っている。ゴルフ場の整然と管理された芝や木々が嫌いなわけでもない。そこに土地の木が残されていれば、素敵だなとも思う。軽井沢の入口、浅間プリンスホテルは高台にあって、ガラス張りのラウンジからの眺望は見応えのあるものだ。激しい雨にさらされているはずなのに、ここのコブシはスポットライトを浴びたように凛として、花の”白”を浮き立たせていたっけ。咲きはじめたばかりの花は、色褪せることを知らないように思えた。

今日は、昨日の雨が芽吹きを後押ししたのかもしれない。クロモジのコロンとした蕾が今にも開こうとしていた。植物から目が離せない日々のはじまり。無彩色が続いた窓ガラスに、緑色が映り込む日も間近。時刻はもうすぐ18:00、外はこんなに明るくなった。

09.04.15.クロモジの芽吹き.jpg

time : 17:55 | コメント (0)

2009年04月13日

欅のポツポツ その正体

庭に中央にそびえたつニレケヤキの枝先がポツポツ、いやボツボツと膨らんでいくのは、葉っぱが開いていくからだと思っていた。が、それが花であることを、今日になって知った。我ながら恥ずかしい。

この時期に剪定はしないのだが、強風にあおられて太い枝が折れてしまった。「仕方ない、枝うちをしよう」と梯子をかける。そうして、地面に落とした枝を見て開きかけた葉と勝手に決めつけていたボツボツが、花であることを知ったのだ。「春の木は、花だけ最初に咲かせるから...」以前、東京の叔母が発した言葉が脳裏をかすめていった。すべての木は、植物は、花を咲かせるのである。

09.04.11.ニレケヤキのつぶつぶ.jpg

 ↑ 4月11日に撮影したニレケヤキ。

この二日後、ボツボツした枝先が花であることに気づいた。手の届かなくなった木の花を、まじまじと観察する機会はそうそうない。ウワミズザクラのようにわかりやすい花なら良いが、ニレケヤキの花はこんなに控え目で静かなものだった。枝うちの機会をくれた春の嵐よ、ありがとう。

09.04.13.ニレケヤキのつぶつぶは花!だった.jpg

time : 16:53 | コメント (0)

2009年04月12日

満開の桜を愛でるには...

蕾のほころび始めた桜に導かれるように立ち寄った、長野牧場。遠目には咲きはじめたばかりに見えたが、近づいてみると既に三分咲き。ここにきて、ようやく春の息吹が感じられるようになった土地から来た者にとってそれは、無理なく綺麗だ、かわいらしいと思える対象だ。いきなり満開の桜のなかに身を置いたら、きっと刺激が強すぎるに違いない。だからなのか?早咲きのしだれ桜は、作りもののぼんぼりのように見えた。

09.04.13.長野牧場のしだれ桜.jpg

09.04.13.しだれ桜のアップ.jpg

しかし、その一輪に目を向ければ正真正銘の生きた桜。黒々とした樹皮・淡いピンクの花びら・けぶるような春の空という3つの偶然が、極上の眺めをくれるのだから嬉しい。

桜並木を抜ければ、眺めのよい贅沢な牧草地が広がる。艶やかな木の花もいいが、今の私は小さな下草に惹きつけられてしまう。地面にぐっと顔を近づけると、草やその小さな花の香りが鼻腔をくすぐった。土は温かく、草の間を流れる風は清々しく、小さな花は思いのほか甘い。

09.04.13.長野牧場のぺんぺん草.jpg

time : 16:58 | コメント (0)

春霞 目を凝らして

休日の、遅い昼食の後はまさに春眠との闘い。うつらうつらと横になるのも魅力的だけど、いまこそ春を見に行くべきだ。標高1000mの高原は、白い花とともに目覚めた。

09.04.12.咲きだした こぶし.jpg

今日のような空を春霞と呼ぶのだろう。目を凝らして、空のなかにあるはずの山の輪郭を探していたら、偶然 電車が目の前を通り過ぎた。新幹線が走るのが当たり前となった軽井沢だけど、今でもこんなローカルな列車や風景は健在。それは、そのままこの町の姿を現しているように思える。

09.4.12.春霞 浅間としなの鉄道.jpg


time : 14:55 | コメント (0)

2009年04月11日

ペンキ塗り 時々 フレンチ

4月とは思えぬ暖かさ(暑さ)と、今にも土埃があがりそうな乾燥しきった空気。年間を通して軽井沢で暮らしていても、今日のような日は数えるほどしかない。このような条件が揃う日は、私にとってペンキ塗り日和!約一年に渡って、雨や雪や霧や湿り気のある空気にさらされてきた、家の外壁の手入れを思いたつ。

木の外壁が日々くれる、やさしい空気感は計り知れないものがある。だが、ベストな状態を維持するには大変な努力が必要である。我が家の外壁はレッドシダーで着色は施していない。だから、濃い色を塗ることによってカモフラージュされてしまうカビの存在を、(いい意味で)目の当たりにすることができるのだ。私たちヒトの暮らしは、まさにカビとの闘いと言っても過言ではない。なんとしてでも分解して、自然界に戻していこうとする微生物と同居の道を選んでいるのだ。

外壁を着色しなかった理由のひとつが、レッドシダーに限らず”木材が日に焼けて退色した色を、美しい”と感じたことが大きい。表面に浮き上がってきたカビには植物同様に”根”があり、その根を完全に断つことはおそらく不可能。今では、これも味わいと受け止めている。

日中の気温は24℃まで上がっていった。それでも、空気はまだ4月のものだから、ひんやりと心地よい。遅い昼食は、昨年からすっかり行きつけとなっているフレンチへ。店は緑の...という意味のLe vertという。一昨日まで蕾ばかりだったコブシが、白い花を幾つも咲かせていたからびっくりだ。庭では、マダムが同じようにガーデニングチェアのペンキを塗っているではないか!口に出さずとも、急に親近感が湧いてしまう。軽井沢に露地物の野菜はないので、今は静岡から有機野菜を取り寄せているのだという。筍や紫色の珍しいカラシ菜、豚の肩ロースに合わせたフキのソースは、春野菜のエネルギー。一皿一皿をゲストに合わせて丁寧に料理し、サーヴィスしてくれるスタッフの真のもてなしが嬉しい。お腹も心も満たされて...さぁ、今年もカビとのいい関係づくりがはじまる。

time : 14:52 | コメント (0)

2009年04月09日

リネンのシャツで 再会

今週に入ってから、最高気温を更新する日々が続いている。今日は昨日より暖かな、5月中旬の陽気に。明け方は霜注意報が出て-2℃と冷えたが、気温は19℃までぐんぐん上がっていった。

25℃を真夏と呼ぶ軽井沢において、今日は間違いなく夏日であった。冬用のアンダーウェアも、首周りを覆うタートルネックも不要な4月の第二週。私は迷うことなく、リネンのシャツに腕を通した。福島では、開花から4日で桜が満開になってしまったそう。佐久で見た蕾の桜も、この陽気では三分咲きまで進んだに違いない。

ゴールデンウィークを月末に控えた町の建築現場は活気づいている。自宅の近くに、我が家を建てた大工さんが来ていることは、なんとなくわかっていた。しかし、忙しく動く職人さんに声をかけるタイミングを見つけるのはなかなか難しい。完成が近づいてくると彼らの姿は見えづらくなり、ある日を境にパッと消えていくものである。それを知っているから、今日 棟梁と運よく出会えた時は嬉しかった!棟梁も気にかけてくれていたそうだ。今から8年前のこの家は、軽井沢でも数少ない、ひとつの現場であった。日頃は過去を振り返ることの少ない私。だが、当時の職人さんがみんな元気にしていると聞くと、途切れていた記憶が少しずつ繋がって様々なことが思い出された。

庭の中央に根を下ろすアブラチャンが黄色い花を沢山咲かせたことに気づいたのは、大工さんを見送った夕方。「これは、もしや」と思って家のまわりを歩いてみると、ふきのとうがすべて花に変化していた。今からふき味噌にするのは遅いだろうか?いや、苦さこそが醍醐味だ。今夜は芽吹きのエネルギーを、この土地のふきからもらいます。

time : 20:33 | コメント (0)

2009年04月07日

期間限定の楽しみ

日曜に続いて、ホームゲレンデにさせてもらっている馴染みの岩場へ向かった。まだ2日しか経っていないというのに、植物が芽吹きにかけるエネルギーは素晴らしい。アブラチャンが咲きはじめたと思っていた雑木林には、同じく黄色い花のダンコウバイが満開となっていた。ダンコウバイの花はアブラチャンより一回り大きく、しなやかな枝と緑の天井を織りなす葉っぱが、なんとも魅力的な樹木だ。

09.04.07.ダンコウバイ アップ.jpg

葉の落ちた林のことを、悪気もなく”冬枯れ”と表現することが多いのだが、実際に林の中へ入ってみると、いつも思うのだ。”芽吹く前の林は光に満ちて、とても暖かいものだ”と。カサカサと、乾いた枯葉の絨毯を踏みしめて前へ進む...それは、なんとも贅沢な期間限定のアトラクションであることを再認識する季節となった。黄色い梅に目を奪われているうちに、下草が萌黄色に染まっていく。

今日が見納め!ダンコウバイが主演の雑木林。

09.04.07.佐久の岩場 ダンコウバイ.jpg

time : 14:47 | コメント (0)

2009年04月05日

降雪量を予測する 卵

軽井沢の木々が芽吹きの時を迎えるまで、残すところ3週間あまりとなった。この時期に標高を下げていけば、様々な道程の春を見つけられるから楽しい。今シーズン初のクライミングのため、佐久の山里を久しぶりに歩くと、これから軽井沢にも訪れる春への変化を一足早く垣間見ることができた。それは、まさに胸を打つ風景。長い長い冬を過ごしてきた者にとって春は、間違いなく特別な存在となる。

まだまだ冬枯れの雑木林に、ちらちらと光る黄色い花を見つける。アブラチャンだ。

09.04.05.ブッシュにダンコウバイ.jpg

こんな風にして、遅い春は控え目にやってくる。手前ではススキの穂が風にたなびき、ストローのようなその枝に何やら同じ色をした塊が。よく見るとカマキリの卵である。

09.04.05.カマキリの卵で知る雪の量.jpg

カマキリと言えば...冬が来る前に卵を産みつけるわけだが、その場所は”その年に降る雪の量”を予測した高さにするのだ聞く。しかし、見ての通り、ススキについている卵は1m以上の場所だ。「これは、おかしい」と思ってあぜ道に目を向けると、地面から30cmくらいの日当たりの良い草むらの端に、無数の卵を見つけることができた。今シーズンは雪が極端に少ない年であった。だから、きっと草むらの卵が正解。種まきの準備がはじまったこの時期に、ススキが放置されたままの土地というのは、よく考えれば妙だった。ススキは、休耕田の果ての姿なのかもしれないのだ。そして、そこに産みつけられた卵も昨年のものかどうか...。

09.04.05.湖面の桜 もうすぐ開花.jpg

湖面を揺らす、やんわりとやさしい春の風。ここでは早くも鴨が水浴びをはじめている。
開花の時は近い、佐久のソメイヨシノ。

time : 17:42 | コメント (0)

2009年04月03日

渡り鳥が知らせる いま

昨日は、東京のあちこちでソメイヨシノが満開になったと聞く。開花の報せは、かれこれ12日前だったというから、今年の桜はずいぶんゆっくりと花開いた。

今日の軽井沢は、春の訪れを感じる穏やかな一日となった。午前中に忙しく用事を済ませて自宅へ戻ると、気温12℃の麗らかな陽気にいてもたってもいられず、長靴を履いて外へ出た。地面は、連日の霜で凸凹の状態だ。そして、水辺鉢に溜まった大量の水は 紛れもなく”この冬の雪だったり雨だったり”するのだから、面白い。この時期になると、この水は一日のうちに凍っては融けを繰り返すようになる。だから、眺めている方はなんだか痛々しい。日の出ているうちは、鏡のような水面に木々のいまの様子を鮮明に映し、風が吹けばまるで生き物のように水面を揺らしはじめる。

鳥たちは朝と夕暮れ前の二度、乾いた喉を潤すためにここへ立ち寄る。水浴びは、まだしない。一年を通じてここで暮らす鳥たちが、自然と水浴びを始める頃には、きっと夏鳥(キビタキなど)の姿を見ていることだろう。

そういえば...4月に入ってからというもの、庭から冬鳥 ツグミの姿が消えている。「今年こそは、旅立つ時に立ち合いたいな」そう思って頻繁に眺めていた日が最後だったようだ。植物だけでなく、リアルな季節の変化は渡り鳥も知らせてくれる。標高1000mに、今年も春がやってくる!

time : 17:54 | コメント (0)