Studio Born Conduction
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Born Conduction Life in 軽井沢
避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。

2008年06月29日

亜熱帯への旅

08.06.24.沖縄へ.jpg

”梅雨明け直後はおおむね天候が安定している”そんな風に、いつかどこかで聞いた気がして、急遽 南の島を旅してみようと思い立った。羽田から、那覇・石垣と飛行機を乗り継いで、最後は船で。乗り物に乗っている時間だけで軽井沢から5時間以上。

08.06.24.なごみの塔からの眺め.jpg

しかし、出発したその日の昼過ぎには遥か彼方の島に着いてしまうのだから、心も体も戸惑いを隠せない。ここは、サンゴ礁の隆起によって生まれた島 竹富島だ。島の中央に身を寄せる平坦な集落は、家々よりほんの少しだけ高い塔から、箱庭のように見渡すことができる。

08.06.24.石垣を彩る南国の花.jpg

日の傾きはじめた夕刻に宿を出て集落を歩いてみると、道には白砂が敷き詰められていた。歩き専用と思いきや、地元のワゴン車がザザザーと砂音を立てて走ってくる。サンゴを積み上げて作った石垣にはブーゲンビリアやハイビスカスといった色鮮やかな花が乗り出すように咲き、石垣の先には赤煉瓦と漆喰屋根の琉球らしい家並みが見え隠れしている。石垣のある暮らしに親近感を覚えるのは、自然なことと思える。

時の流れが違うことを肌で感じながら、歩きでなければ気付かないものを見つけようとしていたのかもしれない。ある家の軒を支える柱に目が止まる。柱の土台が変わっていてユニークなのだ。↓ これは間違いなくサンゴ!これなら腐りやすい柱と土台の間に水が溜まることもないのだろう。建築様式とは、その土地に根付いた生活様式でもある。理にかなったものに美が宿ると本当に素敵。

08.06.24.柱の土台はサンゴ石.jpg

08.06.24.東パイサーシ御嶽.jpg

歩いて一周することも可能な小さな島である。歩きだして間もなく 丘のような 通称ンブフル(牛岡)が現れた。ここだけは、隆起サンゴ礁ではなく古成層の珪岩で出来ているという。島の核ともいえる場所で、なんとなく神聖な空気が漂っている。その近くにあったのが ↑ の”東パイサーシ御嶽(アイ パイザーシ オン)”島内に御嶽と呼ばれる場所は28ほどあるそうだが、ここには、島を作り、島を育てる神がまつられているという。階段が、柱の土台に使われていたのと同じサンゴで作られていることに気づいた。集落を抜けると、いたるところにクワズイモの大きな葉や亜熱帯のツヤツヤした植物が群生していて圧倒される。

家の中が、見えるか見えないか微妙な高さの石垣は強烈な日差しを遮るためではないらしい。美しすぎる白砂の通りは、日中の間は容赦なく照り返す光と熱の小路。フクギという大きな木が生み出す日蔭を見つけると途端に早足になっている。防潮林として、またミンサー織りの染料にもなるフクギの巨木は、35℃という暑さに慣れていない私にとってまさに砂漠の中のオアシス。フクギ...漢字ではどんな字を使うのだろう?この島の人々にとっては、私が感じたこと以上の存在に違いない。

08.06.25.浜辺のスジグロカバマダラ.jpg

一年じゅう花が絶えない島ということは、沢山の蝶が生息できることを意味している。アイヤル浜で偶然目にしたのはスジグロカバマダラの群生。みんなで集まって何をしているの?この日は、5~6月に竹富島にやってくる鮮やかな赤い夏鳥 琉球アカショウビンも偶然目にすることができて幸運。

08.06.24.西桟橋の夕日.jpg

竹富島の、今は使われていない静かな桟橋から夕日を眺めて一泊した後は那覇へ戻り、翌日は車を借りて初めて本部半島まで足を伸ばしてみた。天気予報を見ても、沖縄は意外と広い島であることに気づく。北部・中部・南部とずいぶん天気が違うのだ。美ら海水族館で見せてくれたのは、日本列島を取り巻く豊かな黒潮の海の様子。百聞は一見にしかず...今回の旅でもそんな風に感じる瞬間が多かった。 この目で見ること、はじめての土地の空気を肌で感じること、文化を知ること...。自分なりに「わかった!」ことが喜びであり、明日への原動力に繋がるのかもしれない。

08.06.27.美ら海水族館 黒潮の海.jpg

time : 18:31 | コメント (0)

2008年06月23日

風雨に負けない 白

大雨警報・雷注意報・洪水注意報と、昨日の夕方から荒れ模様の軽井沢。

朝、庭の様子を見に行くと、木々の間を通り抜ける時に濡れた葉が両腕にぶつかった。雨の重みで枝葉がずいぶん垂れていたのだ。透け感を大事にしている庭なのだが、今日はどこかの林に迷い込んだかのよう。

08.06.23.今年はヤマボウシが見事!.jpg

今年はヤマボウシの花つきが良い年になった。白いガクが”僧侶の袈裟”に似ていることから名のついた木というが、それはまるで花のよう。ほどよい距離に白があるだけで、緑の濃淡だけの景色よりずっと奥行感が出るようだ。それにしても、今日は花をも落とす勢いの強い雨である。この白は花びらでないとわかっていても、たじろきもせず堂々とした姿が頼もしい。

time : 12:34 | コメント (0)

2008年06月20日

光るものを磨く ただそれだけ

天気予報に反して、柔らかな日差しが望めた今日の軽井沢。
これは最後の晴れ間になるだろうと感じて、洗濯物をデッキに干した。夏の我が家に直射日光は入らないから、たとえ数時間でも外の日差しの力を借りたい。長引く雨の前は、何かと片付けておきたいことが山積みに。だから今日の晴れ間は予期せぬプレゼント!プレゼントはモノだけではないんですね。何かができる時間をもらえる、これも最高に嬉しいこと。空模様を案じながら、忙しく動きまわる。

08.06.14.佐倉の鉄砲ゆり.jpg

リビングのコーナーに飾った鉄砲ユリの白が、今日はなんだか幻想的。雲が多いから、光の具合が北の部屋のように安定しているのかも。窓の外は様々なグラデーションの緑だから、白い花が一層際立つのかもしれない。夏の部屋のコーナーには、ぜひ光を取り込むシルバーの食器を。周りがどんなに散らかっていても、光るものは光らせるように磨くだけで、清涼感があって、清潔な感じもしてくるから不思議。鏡、洗面の蛇口、家具のつまみや薪ストーブのレバー、ガラスのテーブルトップといったものが輝いていると部屋に魔法がかかったよう。突然のお客様にも慌てることがなく、快く迎えられる気がする。

time : 12:57 | コメント (0)

2008年06月18日

乾いた道を歩く

10日くらい続いた梅雨の中休みが、どうやら今日で終わるようだ。じりじりと肌を焦がす強い日差しも、短い夏を謳歌するに相応しいものだから、とても嬉しい。帰宅して東西南北の窓を開けると、ひんやりとした空気が静かに家の中を流れはじめた。昨日に続いて、今日の風も極上。ただここに居るだけで幸せな気分になっている。風とともに流れ込んできたのは野鳥の声。声を聴いただけで雛とわかる。春の訪れとともに忙しく巣作りをしてきたシジュウカラやメジロの子供たちだ。体は親鳥の半分ほどしかないが、ここにきてようやく上手に飛べるようになった。彼らは僅か20日間で巣立ってしまうのだとか。一日の密度が、さぞ濃いのだろうと思う。

午後、白い皮のスニーカーを履いて、乾いた土の道を歩きに出た。このようなことが、軽井沢では当たり前ではない。サンダル姿で散歩に出て、「あっ、しまった!」となることは度々。どんな靴を履いているかで散歩のコースが決まる。そう言っても過言ではないだろう。

木々の葉が揺れて、重なり合って、ザワザワと音を立てて知る今の風の存在。葉のある時、ない時、季節によって風の様子を知る手がかりは刻々と変化する。一日のうちの大半を外で過ごすことが可能な夏の間は、五感を揺るがす要素に満ち溢れている。

time : 15:20 | コメント (0)

2008年06月15日

ささやかな楽しみ

航空便で届いた小包の中身が気になる旦那さん。
「それ、何?」
「いや、別に。たいしたものじゃないんだけど、私のささやかな楽しみかな」

08.06.15.OPIネイル.jpg

マニキュアを塗ることは、衣装のオシャレとはまた違う意味があるような気がする。綺麗に塗るためには爪そのものの手入れが欠かせない。丁寧に甘皮を取り、爪の表面の凸凹を滑らかにして、マッサージ。たかが爪といっても、そこには身体の健康状態が現れている。二枚爪やひび割れ、薄い爪はカルシウム不足。縦じわが多すぎるのは何かのサイン。素の爪で日常生活を送り続けていると、現代人の指先は呆気ないほどボロボロになるのだ。

指先のケアという目的以外にも、マニキュアがくれるものは沢山ある。爪の形にコンプレックスのある私でも、指先を整えているというだけで一歩前進。何をするにしても、グッと前向きになれる。だから、ネイルアートが盛んになったことも頷ける。とかく、爪に乗った”色や飾り”に注目しがちだけど、ネイルアートの基本は美しい下地処理だろうと思う。野生の動物を眺めていると、どれも見事に綺麗な姿であることに驚く。毛並みよし、艶よし。そうでないものは弱っていて、自然界に淘汰されていく日が近いものと知った。だから私たち”人”は、かっこいいとか悪いとかそんな観点ではなく、老若男女問わず、動物として美しくありたい。そう思う。

time : 18:55 | コメント (0)

2008年06月14日

鉄砲ユリを乗せて

旦那さんの実家から届いた、見事な鉄砲ユリ。まだ蕾の状態だから、ラッピングしても華やかさに欠けてどこか寂しげ。しかし、開きはじめたらきっとびっくりするはずだ。部屋中に溢れだす甘い香りに。清々しい夏の日の午後、お行儀のよいペットのような蕾のユリを車の助手席に乗せて、私は高台に住む友人のところへ向かった。

08.06.14.三笠 ゆりさんの庭.jpg

リビングからの眺めがこれほど深い谷である。木々の高さもスケールも違う。風も、私の住む場所と比べると2、3℃低く冷たい。いつも見ている”当たり前の景色”がこれほど違うのか...いいなぁ!と思ってしまう。

08.06.14.三笠 頂上付近からの眺め.jpg

そして、友人の家からもう少し上がった場所からの眺めがこちら。プリンスのスキー場となっている矢ヶ崎山の斜面も、今は緑に覆われてテーマパークのよう。その先には、ごつごつした急峻な岩山 妙義山が見えている。軽井沢にも、このような大パノラマが望める場所が僅かにある。冬の間はさすがにゴーストタウンとなるこのような高台でさえ、週末には少しづつ家々に車が止まるようになる。夏だ。

time : 18:13 | コメント (0)

2008年06月13日

かぶれる! でも優等生

むせかえるような緑が、建物を呑みこんでしまいそうに息づくこの時期。湿気を帯びた空気は重く、気温は20℃以上あるというのに何となくひんやりとして、半袖で過ごす気がなかなか起きない。梅雨特有のどんよりとした雲が日差しを遮ると、途端にヤマボウシの白いガクが浮き立ってくる。白と言えば、アジサイとよく似た花をつけるガマズミ属の樹木がいま花の盛りを迎えている。緑以外の色が見つからない雑木林のふちから、こちらへ乗り出すように咲いたヤブデマリ。

08.06.13.アジサイに似た花を持つ木.jpg

ムシカリ、カンボク、ヤブデマリは葉の形こそ違うが、ガクアジサイのような白い花を咲かせる。鬱蒼とした緑一色になるこの時期にあえて”白い花”というのが心憎いところ。秋には揃って赤い実をつけ、なかなか魅力的な樹木たちだ。

08.06.13.花咲く ツタウルシ.jpg

そして、緑の葉だらけになるこの季節から気をつけたいのが、ウルシである。落葉松に絡まるツタウルシのツヤツヤした丸い葉が目立つようになり、よく見れば無数の花を咲かせようとしていた。同じ落葉松の根元に視線を落としていくと、アイビーのような粗い鋸歯の葉が絡まっている。それをたどっていくと、なんと同じツタウルシ!これは、うっかり素手で触りかねない愛嬌のある葉っぱだ。ツタウルシの紅葉は確かに見事。しかし、成木と幼木では葉の姿がこれほど異なるから ↓ 用心した方が良さそうだ。

08.06.13.アイビーのようなツタウルシの幼葉.jpg

私は、住み始めて間もない頃にひどい草かぶれを経験している。20年以上前に移住してきたご近所さんは、そんな私に「誰もが受ける洗礼ね」と笑ったが、自然を甘く見てはいけないのだなぁと痛感した。草むしりをしていて、もう何年もそうしているうちに、自分の口から雑草という言葉が少しづつ消えていくことに驚いている。今日は西の庭で茜(アカネ)を見つけた。茜色を生み出すつる性の多年草だ。染料は、もともと身近なところにあったのである。

嫌われることの多いウルシだが、こちらも優等生。春先に、我が家のポストに巣を作ろうとしていた蜂がいた。巣作りは、まず巣を固定するための強力な接着剤づくりから。それがウルシなのだそう。考えてみれば、日本が誇る漆器 ”JAPAN ” も耐久性が高く美しい。山の暮らしは危険と隣り合わせだけど、恵みも沢山。

time : 13:56 | コメント (0)

2008年06月11日

ヤマアジサイを植える

南面の景色が、ここにきてようやく家と馴染んできたようだ。そこで、これからは北面の庭へ少しづつ手を入れていこうと考えている。わずか150坪という敷地でも、建物の南と北、東西では状況がかなり違うようで、グランドカヴァーとなる植物も様々だ。

08.06.11.北の庭 現状.jpg

片流れの屋根が落ちていく北面は、冬の間ずっと厚い雪と氷に覆われる。しかし、この時期になると、分厚い落ち葉の層を突き破って、湿地好きな植物(シダ、ツリフネ、ウバユリ、ツユクサ、ヤマモミジなど)が活発に地面を緑に染めていく。昨年、和室下の坪庭的なスペースに植えたヤマアジサイは春とともに息を吹き返し、今では1mを超える立派な株立ちだ。2mのコンクリート壁がそびえているというのに、山の植物は頼もしい。”日差しが乏しいならノッポになれば良い”ことを心得ているのだ。雑木林の木々に、ひょろひょろしたものが多いのもこのため。北欧人の身長が高いのも、きっと同じような理由あってのことと思う。

08.06.11.北の庭 ヤマアジサイを植える.jpg

今日は、花の色が青いヤマアジサイを植えた。名無しだったが、おそらく黒姫だろうと思う。昔の日本画にもよく描かれているから、ヤマアジサイの歴史はかなり古いのだろう。日本からヨーロッパへ渡って一層豪華になったもの、乾燥した石造りの町に似合う、朽ちたような複雑な色になったものと様々だ。今では、品種改良によって相当種類があるようだが、塀の必要がない土地には華やかな手まり型よりガク型の方がしっくり馴染む気がする。園芸品種に多い手まり型(いただきもの)を試しに地植えしたことがあるが、芽吹きが圧倒的に遅く、蕾がつかないまま葉だけで終わる場合が多い。また、ヤマアジサイ以外は春先の霜にやられてしまうことが多いと聞く。散歩していると、アジサイとよく似た白い花をつけた木を頻繁に見かけるこの季節。しかし、その木にアジサイという名はついていない。

紫の陽の花でアジサイ...梅雨時期の日蔭を明るくしてくれる日本らしい下草。

time : 15:30 | コメント (0)

2008年06月08日

緑の濃淡を味わう 蓼科

麦草峠から蓼科への道のりは奥行きのある緑が楽しめるので、たまに無性に走りたくなる場所だ。湖や名もない池が多く点在し、東山魁夷の描いた幻想的な風景でさえ、いつの日か出合えるのでは?そんな予感がしてくる。

08.06.08.エクストレイル2号で蓼科へ.jpg

標高2200m近い街道の最高地点にさしかかると、白樺林の根元に雪の塊を見つけた。その白樺は、おそらく先週芽吹いたばかり。軽井沢で見納めしたはずの山桜もここでは今が満開。6月に芽吹くなんて、ここは本当に春夏が短い場所。8月の終わりにはナナカマドの葉が色づきはじめるというのに...。

高低差のあるこの街道は空模様も変化に富んでいる。いきなり濃い霧に巻かれてスモールライトを点ければ、亡霊のように前から現れたオープンカー。こんな日に気の毒だなぁと思っていると、カーブの先にはサングラスが必要なほどの真夏の日差しが待っていた。芽吹いたばかりの新緑が、この先もしばらく続くのかと期待していれば、若草色は一気に群青色へ。鬱蒼とした落葉松林から聴こえてくるのは春蝉の大合唱。”長野は広く、山の国”であることを実感する。ぶらりと立ち寄った新顔の蕎麦屋では、まさかの山菜の天ぷらに舌鼓。次回、再びこの地を訪れるのは冬になるだろう。1シーズン逃してしまったジビエ料理を味わうために。山の幸に乾杯!

08.06.08.エクストレイル2号で蓼科へ 2.jpg

time : 16:37 | コメント (0)

2008年06月07日

街の果実

久しぶりの青山。表参道は、道路両側の建物が高いため木漏れ日を浴びるというより、木陰に入るイメージの強い通り。しかし、都心の暑さやアスファルトの照り返しを考えたら、ちょうどよいのかもしれない。気温は25℃以上あるというのに、この通りにいる間は蒸し暑さを感じずに済む。

08.06.06.東京の6月は紫陽花 .jpg

表通りから一歩入れば、青山界隈に限らず都心にはユニークなエリアが沢山ある。隠れ家的なレストランや一軒家の玄関には、溢れんばかりの植栽が植え込まれていたり。無機質なマンションのエントランスに添えられた紫陽花が、忘れそうになる今の四季を時計のように正確に知らせてくれたり。不動産屋の看板が掲げられた空地では、僅かな地面を見つけたドクダミが逞しく群生して。ドクダミっては名前は悪いけれど、花はこんなに可愛かったんだ!そんな発見も多い。

08.06.06.街の果実 びわ.jpg

とある家の高い塀から、日差しを求めてすっくと伸びる”びわ”の木に目が止まる。しかし、その先は障害物のない空とはいかず、数十本にもなる電線の束の合間を縫って生きていることに気づいた。軽井沢で、大きな”果実をつけた樹木”を見ることは不可能に近い。だからだろうか?軽井沢から下りると、私の目は無意識のうちに果実を追っているようだ。ささやかでもいい。建物がどんなに密集しようとも、行き交う人や車が多くとも、そこに人の手が入った緑があればバランスの良い街だなと思えてくる。そのような景色の中では人も、人の表情までも美しい。住まう環境も大事だが、日中のほとんどを過ごす働く街の環境にも無関心ではいられない。

夏はこれから。日本には四季という季節の変化がある。働く街にも、人が美しいと感じる美の根源(私はそう思っている)”木漏れ日”が増えていったら、どれほど一日という時間が裕かになるだろうかと思うこのごろ。樹木や花との共存は決して容易なことではない。人は、街であっても山であっても手入れがされているものを美しいと感じるからである。しかし、気づけば人は部屋に花を飾り、好きな樹木を植えて育てたりしている。それはもしかしたら、動物の本能なのではないか。植物は、好きか嫌いか?の前に、私たちが生きていく上で必要不可欠なパートナーだからだ。
 
再び標高1000mの暮らしに戻ると、庭の菖蒲が一日のうちに花開いていた。
雨の似合う花 つぎつぎと。

time : 12:08 | コメント (0)

2008年06月04日

増えたり 消えたり

午後の数時間だけ、庭に日が射した。期待していたほどの晴れ間ではなかったが、気分転換に外へ出られたのことが幸せ。晴れの日の連続は確かに嬉しいものだが、次第に湿った空気や雨が恋しくなる。冷たい雨が続かなければ、今日のような弱々しい日差しをありがたいと思うことも難しい。

08.06.04.増えてきた ナルコユリ.jpg

庭では、毎年少しづつ植えてきた宿根草が次々と葉を広げ、花開いていく。梅雨、そして6月に入ったというのに、ニホンサクラソウや翁草がまだ咲いていることが不思議である。やはり、この冬はかなり冷え込んだのだろう。ナルコユリはずいぶん増えて、今の場所では窮屈そう。宿根草といっても、軽井沢の冬をなんなく越冬するものは数が限られている。石垣の植物を見ても、毎年増えていくものと消えていくもの。強者と弱者が混在している。先日、岩シャジンと同じ葉でありながら、マリのようなフグのようなユニークな花をつけた玉シャジンというものを植え込んでみた。しかし、来年の今頃、果たしてこの花が石垣にあるかどうかはわからない。耐寒性があるといっても越冬できなかったり、軽井沢に自生している野草(瑠璃草やユキザサ)だからといって、どんな庭にも必ずつくとは限らない。だから庭に根を下ろした植物は、今の庭がどんな環境であるかを明確に映し出しているのだろうと思う。まるで鏡のように顕著に。

08.06.04.玉シャジン 石垣に仲間入り.jpg


time : 12:05 | コメント (0)

2008年06月03日

ウェッジ

...続く単語はウッドではなく、ソール。ウェッジソールで過ごす夏が、昨年あたりからマイブームになっている。尖ったヒールは地面を痛めるし、靴自体も痛んでしまう。そして、何よりもこのような環境では不似合い。そのまま自転車に乗れるような靴を履いていないと、見ている方も違和感を感じるのが軽井沢という場所だろうと思う。しかし、裸足にぺたんこのサンダルで地面に降りるのは無防備すぎて。結局、一年中湿り気のある庭では長靴か、それに近いスニーカーのようなものを履いていることが多くなる。足元のオシャレがなかなかできない毎日なのだ。そのような状況で私が見つけたささやかな楽しみが、ウェッジソールの靴である。どっしりとしたヒールは安定感があり、車のペダルに乗せた場合にも、かかとがマットにつかないことがバレーシューズより心地よく、運転にも支障がない。近場の散歩にもそのまま行けて、疲れない。そして、なんとなくだが”きちんと感”が出るのである。誰に会う予定のない日でもたまにパリッとしたシャツに袖を通したくなるのと同じで、履物にも変化が欲しくなる時がある。女性にとって、もちろん男性にとっても、さりげないヒールがくれる効果は大きい気がする。

軽井沢の梅雨は、薪ストーブの出番まである肌寒さ。しかし、とめどなく雨が降り続くことはない。時には梅雨であることを忘れてしまうほどの青空が広がることもある。ブヨや蚊に追いかけられることの少ないこの季節の晴れ間は、貴重。明日は足元の軽い、晴れやかな一日になりそうだ。しっとりとした庭では、菖蒲と露草が蕾を膨らませている。

08.06.04.蕾を膨らませる菖蒲.jpg


time : 18:37 | コメント (0)

2008年06月01日

木の花の季節

冷たい雨がようやく上がって、今日は朝から青空が広がった。気温も、昨日まで続いた10℃を2倍した20℃へ。カッコウはきっと寒いのが苦手なのだろう。その透る声を聴くと、夏日が約束されたようで途端に嬉しくなる。外へ出ると確かに暖かい。デッキの表面に溜まった雨水が太陽の熱で湯気となって蒸発している。そんな中、デッキの隅で固まっていく黄色い粉が気になりだした。黄砂のようにも見えるが、これはきっと何かの”花粉”だろうと思う。庭のそびえ立つニレケヤキは毎日のように種を落としているし、最後に芽吹いたコナラの花だろうか?しかし、車まで粉を被っているのは大袈裟だ。となると、天高くそびえる落葉松??どんな木でも花を咲かせるから、今はまさに”木の花の季節”なのだろう。

08.06.01.花つきの良いヤマボウシ.jpg

日に日に緑を濃くしていく庭の木々。今年のヤマボウシは花つきが良く、白いガクが完全に開ききっていない未完成のシュリケン?状態でも充分華やかだ。

この春、東の庭からデッキの下へ引っ越してきたハイブッシュブルーベリー チャンドラーが白い花を沢山咲かせている。もし実となれば、初収穫!今からとても楽しみだ。

08.06.01.チャンドラー 初めて花咲く.jpg

裏庭の様子を見に行くと、ウワミズザクラに巻きつく蛇を発見!一瞬、ギャッとしたが、蛇のような柄(茎)の正体はテンナンショウという野草だった。ウバユリとともに湿度の高い軽井沢に多く自生している。そんな野草が我が家にも自然と生えてくるようになったのだから、一度は暴れた土壌もようやく落ち着いてきたのだなぁと思う。写真は、西日が照らす中で撮影したもの。軽井沢の自然光の美しさにはいつもハッとさせられる。

08.06.01.桜に巻きつく蛇?テンナンショウ.jpg


time : 17:13 | コメント (0)