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Born Conduction Life in 軽井沢

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2008年03月02日

アルバムの厚さ

弥生 三月は、日々薄くなっていく名残雪を眺めながら静かに春の訪れを待つ日々。

ここ数日の間に根雪はだいぶ縮んで、それを見た旦那さんが「春の雪になったね」とつぶやいた。今日の最高気温は昨日と同じで5℃だから、日中は2~3℃という空気の中に身を置いていることになる。気温だけ聞いたら決して暖かそうなものではないが、”氷点下ではない、長い昼の連続”はなんとも嬉しい変化だ。今はもう、外が5℃あれば薄着で飛び出すことに何も問題はないけれど、すぐに10℃が肌寒いとなる。極寒の地に暮らしていれば、そこにいるだけで身体はなんなく順応してしまう。今日の穏やかな日の光は、屋根に居座っていた最後の雪をドシン!!と勢いよく滑らせていった。いま、我が家の北面は雪と氷のブロックで覆われている。これでもう雪は降らないという確証はどこにもない。だが、昨年の12月から屋根に積もり居座り続けた何層にもなるミルフィーユのような雪の塊と、これから降るであろう春の雪では恐怖感が全く違う。屋根の上で凍りつくか、つかないかの差である。

08.03.02.アルバムの厚さ.jpg

日当たりの良い斜面やデッキまわりは特に雪融けが早く、昨日は長靴の底からふっとミントの香りが鼻をかすめていったことに驚いてしまった。それが結果として火をつけたのか?昨年撮った大量のデジカメ画像を思い切ってプリントし、今まで通りアルバムにまとめることに。瑞々しく光に溢れた初夏の一枚に手が止まり、「あぁ、どうしてこの冬枯れがこうも変化できるのか」と、目の前で繰り広げられる自然の営みに敬意の念を抱いた。いつの時代も”本”が消えないように、写真もまた手に取って眺めることが大事かと思う。思い出に浸るわけではないが、パソコンやメディアに保存した写真は保管したというだけで満足している気がするのだ。漢字は、読めても書けないものが出てくるし、ひとの記憶は本当に曖昧と感じるようになった。その瞬間を思い出せる材料がなければ、完全・完璧と思っている記憶も曖昧になり、いとも簡単に書き換えられ、いつしか葬られてしまう。やるべきことや、やり残していること、これからやりたいことを整理していくためにも、私の場合は日々の記録である写真をわかりやすくまとめていきたい。それにしても、アルバムの冊数は年によって増えたり減ったり。一冊に上手にまとまった年もあれば、昨年のように6冊を超える年も出てくる。年ごとに色分けしているので、その年をイメージした色や厚みで記憶が蘇ったらいいなぁと考えているのだが。問題はDELFONICSさん、このシリーズがどうか廃番になりませんように!

posted:2008年03月02日 18:03

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