Studio Born Conduction
home works blog contents
Born Conduction Life in 軽井沢

« かすかに 春の音 | to Top | 粉雪で薄化粧 »

2008年02月26日

春一番が吹いて その後

”春一番”という名の風が吹いたのは23日の土曜日。空気が乾燥して土埃が舞い上がる映像は久しく、嵐を見た気がした。山間部も不安定な空模様に変わりはなく、台風並みに風が暴れる危険な一日。空から降りそそぐ物体は数時間のうちに雹、霙、雪とめまぐるしく変化し、私は外へ出るタイミングを見失っていた。こんな日に出かけても、きっと良いことはないだろうという予感もしていたのだろう。外がいつもの静けさを取り戻したのは夜になってのことで、やっと、手元に届いた ある戯曲の台本を開く準備が整ったと感じた。自分が生まれるよりずっと前に初版発行されたその本を静かに開く。

時 終戦をはさむ一、二年の春・秋・夏・冬

第一幕 春

薪ストーブの前で、そこに”打たれた”一字一句に目を凝らしていく。目からは日本語の美しさを、頭の中ではまだ記憶に鮮明な役者の発したその日本語の音を思い出している。春で始まり、冬で終幕するこの戯曲との出会いは偶然なのか?ストーリあってのことか?深い感銘を受けたのはなぜだろうとゆっくりページをめくりながら夜はふけていった。

翌朝(日曜日)は、マイナス12℃という真冬の寒さが再来。甲斐大泉ではマイナス20℃という、この冬一番の冷え込みを記録したと聞く。
最低気温は標高の高い八ヶ岳周辺の方が低いに決まっている。だが、軽井沢と違って(最近はそうでもないかな?)土地は開け、傾斜地のために日当たりが良くなることから根雪が消える速度はここよりずっと速いようだ。寒いと感じるのは温度だけでなく、風や日当たり、根雪といった複数の要素によって簡単に変化する。日ごろ風の少ない軽井沢で暮らしていると、こと”風”には敏感になるようで、ビル風は異常に寒く感じるようになる。今日のように4℃ある日でも、風が吹けば途端に「うすら寒い」とダウンを取りに玄関へ戻ってしまう。昨日の朝、小淵沢から眺めた赤岳からは雪煙が上がり、紛れもなく冬山の険しい表情をしていた。軽井沢までの帰路に、次から次へとあらわれ通り過ぎていく名も知らぬ低山の木々に既に雪はなく、それがかえって幾重にも折り重なる稜線を明確にしているようだった。雪はいま、地面だけを覆っている。

今日は曇り空でありながら、深い霧に包まれる初夏や晩秋の日と同じように、午前中から屋根をつたう水音が軽快に響いている。この水音が今より激しくなれば春の雨、音が消えれば雪になっていることだろう。どちらも2月の空まかせだ。

posted:2008年02月26日 13:15

コメント