| 避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。 | |||||
2008年02月28日
粉雪で薄化粧
夕方になると強い風が吹き始めて、気づくと雪が舞っている。そんな日が続いている。
目覚めれば外は薄っすらと雪化粧。汚れはじめた醜い根雪を隠すかのように、まるでチョコレートケーキに粉砂糖をふりかけるのと同じようにして、毎日”新鮮な”雪景色が出来上がる。朝晩の冷え込みは強い風を伴うことで真冬並みに戻っている。しかし、非常に空気が乾燥しているため車のガラスが凍りつかないことが朝の幸い。屋根に張りついていたシブトイ根雪も、先日の雨でそのほとんどが流れ落ちていった。
雪の消えた屋根に、軽さを感じるのは私だけだろうか。長い髪をさっぱりショートにしたような身軽な気分だ。そこに、体脂肪や体重も見合っていればなお良いのだろうけれど...。
この時期、太陽はみるみると高いものになり、部屋の奥まで眩しかった少し前が懐かしい。ほどよい日差しと暖かさの中で過ごす午後は、春眠との闘い。風の止んでいる今のうちに薪を運び入れよう!と、待ちわびていたスプリングコートを意気揚々と羽織って外へ出たものの、やはり、まだ空気は冷たかった。内から描く想像には期待や希望もたっぷり含まれていて、実際とはかなりの差があるようだ。膝下まであるダウンコートを着て散歩をしている人たちが今日の麗らかな風景の中では”重く”大袈裟な。そう見えていたが、これが今の寒さを正確に現していた。
2008年02月26日
春一番が吹いて その後
”春一番”という名の風が吹いたのは23日の土曜日。空気が乾燥して土埃が舞い上がる映像は久しく、嵐を見た気がした。山間部も不安定な空模様に変わりはなく、台風並みに風が暴れる危険な一日。空から降りそそぐ物体は数時間のうちに雹、霙、雪とめまぐるしく変化し、私は外へ出るタイミングを見失っていた。こんな日に出かけても、きっと良いことはないだろうという予感もしていたのだろう。外がいつもの静けさを取り戻したのは夜になってのことで、やっと、手元に届いた ある戯曲の台本を開く準備が整ったと感じた。自分が生まれるよりずっと前に初版発行されたその本を静かに開く。
時 終戦をはさむ一、二年の春・秋・夏・冬
第一幕 春
薪ストーブの前で、そこに”打たれた”一字一句に目を凝らしていく。目からは日本語の美しさを、頭の中ではまだ記憶に鮮明な役者の発したその日本語の音を思い出している。春で始まり、冬で終幕するこの戯曲との出会いは偶然なのか?ストーリあってのことか?深い感銘を受けたのはなぜだろうとゆっくりページをめくりながら夜はふけていった。
翌朝(日曜日)は、マイナス12℃という真冬の寒さが再来。甲斐大泉ではマイナス20℃という、この冬一番の冷え込みを記録したと聞く。
最低気温は標高の高い八ヶ岳周辺の方が低いに決まっている。だが、軽井沢と違って(最近はそうでもないかな?)土地は開け、傾斜地のために日当たりが良くなることから根雪が消える速度はここよりずっと速いようだ。寒いと感じるのは温度だけでなく、風や日当たり、根雪といった複数の要素によって簡単に変化する。日ごろ風の少ない軽井沢で暮らしていると、こと”風”には敏感になるようで、ビル風は異常に寒く感じるようになる。今日のように4℃ある日でも、風が吹けば途端に「うすら寒い」とダウンを取りに玄関へ戻ってしまう。昨日の朝、小淵沢から眺めた赤岳からは雪煙が上がり、紛れもなく冬山の険しい表情をしていた。軽井沢までの帰路に、次から次へとあらわれ通り過ぎていく名も知らぬ低山の木々に既に雪はなく、それがかえって幾重にも折り重なる稜線を明確にしているようだった。雪はいま、地面だけを覆っている。
今日は曇り空でありながら、深い霧に包まれる初夏や晩秋の日と同じように、午前中から屋根をつたう水音が軽快に響いている。この水音が今より激しくなれば春の雨、音が消えれば雪になっていることだろう。どちらも2月の空まかせだ。
2008年02月21日
かすかに 春の音
昨日まで、明け方の最低気温はマイナス10~12℃という厳しい冷え込みが続いていた。それが、今朝はマイナス6℃とずいぶん暖かな朝。
夜中の3時頃、思い出したかのように突然窓を叩く、カサカサという奇妙な音で目を覚ましてしまった。何かと思って外灯を点けてみると、浅間山からの吹き下ろしと思われる小雪が舞っている。高窓の先には、朝と夜の間といった群青色の夜空が広がり、その中に幾つかの瞬く星を見つけた。星のすぐ下にありそうな落葉松の枝は大きく揺れかしいで、それがごうごうと音を立てているようだった。いつもよりずっと暖かな室内にこれ以上薪をくべる必要はないと思いながらも、薪ストーブの前に座ればなんとなく炎を見たい性分にかられて薪を足してしまう。きっと今、この上空では”冬と春がせめぎ合っている”のだろうと、炎から感じる風の動きを見て思った。こわばり続けてきた冬型もいつかは緩む。ここ軽井沢にも、ようやく春の気配が漂いはじめるようになる。
私道のアイスバーンも姿を消す勢いで、何度も雪掻きをしてきた駐車スペースやエントランスへの通路も、もの凄いスピードで雪の道から土の道へと変わりつつある。まだ2月なのだから、まっさらな白い雪の上を歩いていたい。ぬかるんだ地面はごめんだという気持ちが今は勝っている。雪が降ってから、ただの一度も手を触れていない庭は光を浴びて輝く雪の海のまま。春は確かに待ち遠しい。だが、まだまだ。急がずいつも通りに、まだ先のもので良いのです。

2008年02月20日
恐怖の北面 足跡の先に
朝から、雲も少なく澄んだ青空が広がっている。最高気温はいきなり5℃!まで上がるというから心浮き立つ気分だ。イカルの囀りもどこかのんびりとして、早々と彼女を連れているものもいる。日中でも氷点下が長く続いてきたから、今日は本当に身が軽い。伸びはじめたタートルネックに袖を通すのは止めにして、迷わず春色のカットソーを手に取る。あちこちから、ツララがポキリと落ちる音が聴こえてくる。
昨日は浄化槽の定期点検で、そのヒヤヒヤした様子を書いた。だが、写真の方が断然わかりやすい。お兄さん達はきっと察していたのだろう、寒かった昨日の方がはるかに安全なことを。

これは、デッキの西面にある薪棚の屋根。積もった雪は緩やかに南へ落ちていくが、その過程で”ぶ厚い氷”に変化しているのがわかる。
そして、↓ が家の屋根。決して緩やかではない、どちらかといえば急峻な片流れの屋根である。だが、室内との温度差で積もった雪はそのまま落下せずに、屋根に面した雪は融けて凍っていく。冬の間、主が不在となる別荘の屋根は(外との温度差がないため)当然ながら今も雪のままである。まるで”のし飴”のようだと表現したのがこの様子。この雪と氷の塊は、じれったいほど屋根に居座るから怖い。

↑ が、現在の北面全景。屋根すべてを覆っていたホイップクリームのような雪は残すところ3分の一に。それが、このように巻き爪のように屋根に張りつきながら、重力に負けて落ちてくる。我が家の場合は、そんな屋根の下に、昨日点検してもらった浄化槽があるのだから明らかに危険な配置。屋根の流れる先に雪が積もっていくことは想定していたが、まさかその雪が”氷のブロック”になるとは思ってもみなかったこと。住んでみてやっとわかったこの教訓にさらされるのも今冬で7回目。マイナス10℃の連続は決して侮れない。
ライフラインを家に引き込む...これは別荘であっても定住であっても変わらない。この時期のまっさらな雪面に人の足跡を見つけたら、その先には灯油タンク、ガスボンベ、給湯器、浄化槽、電気や水道のメーターがあると思って間違いない。家もまた、人の手を借りなければ生きてゆけないことを知る。軽井沢に限らず家というものを考えるなら、最優先すべきは”真冬も安全な、人の導線”の確保だと思う。これだけは揺るぎない事実。
2008年02月19日
白い食器 土~石へ

冬型は緩むことなく、厳しい寒さが続いている。浄化槽の定期点検にやってきたお兄さん達が、プラスチックの雪掻きを”金象印”のスコップへ持ち変えて、浄化槽を覆った雪と氷を砕きはじめた。「屋根には氷った雪の塊があるので、くれぐれも気をつけて!本当に危ないから」と声をかける。かけずにはいられない。昨年、雪の降る前に浄化槽の蓋を保護すために合板を敷いておいたため、全てが凍りつくことは避けられたが、連日のこの冷え込み。片流れの屋根に乗った雪は融けながらも一部は”氷の板”となって、北の軒へと降りてくる。そこから滴る水はツララとなるが、本体の氷は”のし飴”のように繋がってなかなか落ちてこない。その真下にこれから蓋を開ける浄化槽があるのだから、この時期は雪が落ちきるまで、正直近づきたくはないし、延期してほしいというのが本音である。だが、頭上のそれを見張りながら、点検は無事に終えてしまった様子。「大変だったでしょう?本当にどうもありがとう」と珈琲を手渡すと、「今年はどこも雪が凄くて、ベニヤを敷いてもらっていたのでホント助かりました」と言ってくれた。何もこの時期にやらずともと誰もが思う危険な点検。限られた土地の中で、どこに浄化槽を配置するか?浄化槽に限らず、軒からはみ出した灯油のタンクがガチガチに凍りついて、メーターが氷の中という家もあるから、ライフラインへの安全な導線計画はとても重要と、この時期は特に痛感してしまう。
危ない話題から一転して、今日は食器の衣替え?を思い立った。まだ真冬の寒さに違いないのだけれど、空の色や日差しは確実に春へと向かっている。秋から使ってきた陶器は暖色系が多く、白といっても真白なものは無意識のうちに避けてきたようだ。それが、ここにきて急に透明感のある青味ががった白を使いたい気分に。土から石へ。春夏用のプレートとして20歳の頃から惹かれ、選んできたのは、不思議なことにリモージュと有田であった。東西を行き来して磨かれてきた磁器たち。オリーブオイルの黄緑色が美しく映える。
2008年02月16日
夕暮れ前の散歩

少しだけ勇気のいる、午後3時をまわっての散歩。首にファーのついたダウンジャケットにミトン、バフィンの長靴という完全装備で外へ出る。今日も空気は乾燥して、冬山にいるかのように澄み渡っている。気温はすでに氷点下。西に傾く太陽はまだ鮮烈な光を放っているというのに、東の青空にぽっかりと浮かぶ白い”月”を見つけた。月という小さな星が、この地球をバランス良く保っていることが、最近の研究でわかってきたという。
我が家から通りを一本入るとナラやクリといった落葉樹が多いのだが、その木の高さが庭に植えたものとは圧倒的に違う。だから、その通りに足を踏み入れた私は絵本の世界の”小人”になった気分。夕暮れ前の食事を急ぐエナガの群れに導かれた先は、限りなく空に近い高木のてっぺん。首が痛くなるほど見上げていたら、コゲラ、アカゲラ、ツグミ...と野鳥がたくさん!手袋をはずし、かじかむ手で上の写真を撮った。時刻はすでに16時、急ぎ足で帰路を急ぎたくなる時刻である。だが、まだ眩しいほどの日が上にある。あれほど呆気なく暮れていった冬の夕日が...。
2008年02月15日
光満ちて 3色の借景
明け方から午前中いっぱい私を襲った、なんとも鈍い頭の痛み。厳しい冷え込みは、雲の様子を見れば察しがつく。オホーツク海上空には、時速45キロというのんびりペースで動く低気圧が3つもあり、日本列島の西には高気圧。気圧の谷の真っ只中にいることから、頭痛はいつもの低気圧によるものと思われる。白い部屋をくまなく満たす光が、嬉しくもあり今日はキツクもある。
だがそれは、季節が次第に春へと移行しているサイン。明るいのは朝だけだった東の部屋も、今では午後になると背中が熱くなるほど日が入るようになった。極寒期であるのに、まったく暖房要らずという身軽な状態が「そろそろ仕事部屋で過ごしたいな!」という気持ちにさせるのだろう。私の身体はいつの季節も一番快適な光を探し、そこへ向っている。
窓の先に広がる今の借景は、白・青・茶という、たったの3色で構成されている。だからなおさら、空の色の変化に敏感になるのだろう。春霞とは明らかに違う、12色の水彩絵の具にあるべたりとした”水色”。それが2月15日 今日の空だ。一般的に、来月の桃の節句は白(なごり雪)・若草色(芽吹き)・ピンク(花)で祝うが、3月の軽井沢にはまだ色がない。今日のぽっかりと浮かぶ雲は夏のようでもあるが、張りつめた冷気は紛れもなく真冬のもの。、まだまだラムのコートは手放せないが、中だけは春らしいプリント柄を着てみたい。もうすぐ15:00、昨日旦那さんがいただいてきたAOKIのオランジェットに手が伸びる。
2008年02月13日
ゾクゾク
昨夜から、仕事部屋をOPENにした。ゲスト用としてだけでなく、冬場も気分転換ができるようにと小さな薪ストーブを入れた部屋である。だが実際に、(昼間は焚かずとも)2台の炎を管理していくのは相当のモチベーションが要る。まず、自分が元気でなければならないということ。火の前に立ち、自在に扱う、操るというのは、そういうことかと思う。初めてのオーブン料理に挑戦する時もきっと似たような感覚になるが、扱う温度の”桁”が違う。
久しぶりに過ごす仕事部屋はこじんまりとして、メゾネットのアパートにいるような心地よさを感じた。立ち上がりの早いエンライト(薪ストーブ)と乾燥した薪のお陰で、小さな部屋はあっという間に30℃近くに。これでは北海道的暖房がうんぬん...なんて言える立場ではないかもしれない。しかし、これほど家の中は暖かいのに今日は窓や壁からゾクゾクと冷気が伝わってくるから不思議だ。さては、この冬最後ともいえる強烈な寒気団が上空に居座ったのだろうか。まだ19:00だというのに外気温は既にマイナス8℃!と、信じがたい冷え込みよう。朝から澄みきった空が広がって、日の眩しさに本来の寒さを感じることもなかったが、発達したツララから水が滴るのを見ることもなく暮れて行った今日は終日氷点下。ペット以上の、頼もしい2つの相棒の間を行ったり来たりしながら、更なる冷え込みに備えるとしよう。
夜空はより漆黒に近づき、冬銀河が広がっていく。
2008年02月12日
霧の中で佇む ツグミ
今日は、ミゾレ混じりの湿った雪が薄っすらと舞い降りた。木々の枝にポツポツと小さな雪の塊が着いている。それが、膨らみはじめた冬芽の存在によるものと気づいて、なんだか無性に嬉しくなった。

夕方になると、2月には珍しく濃い霧がわっさわっさと梅雨時期のように”降って”きた。それは、日差しのない今日の雪景色をいっそう幻想的にしていく。この中のどこかに必ずいる!たまに響く特徴のある囀りが私の好きな鳥の存在を確信させるのだが...。それまで目を凝らしていた雪原から、遥か上方へ視線を移し落葉松の樹形を眺めてみる。と、その下の欅にまさかのツグミが、ひっそりと佇んでいるではないか。まったく何時からそこにいたのか?

寒さを感じはじめると自らの羽毛に空気を含ませて丸々と太るから、ルックスだけで遠路はるばる”渡ってきた鳥”だとわかってしまう。マイナス40度以上の世界から来たのだから、霧が出ている状態など余裕と思うが、羽毛の備えは万端だ。明日は西高東低の厳しい冬型に変わり、最低気温は今朝より7℃も下がってマイナス10℃の予報。早々と夜の帳が下りると、西の空にぼんやりと月明かりが浮かび上がった。音を立てて風が吹く、不気味な嵐の夜。
2008年02月11日
どの窓の先にも、山
雪の絶えない今年の冬。八ヶ岳方面を走ってみると、極寒の2月にしては車通りも多く賑わいをみせていた。レストランもこの3連休だけは営業し、再び冬期休暇に入る店が多いようだ。駐車場から車の消えはじめた14:00、運よく開いていた馴染みの店を見つけてなんとか遅いランチにありつくことに。店内は既にガランとして、お客さんは私たちだけ。窓際の席を勧められ椅子に腰を下ろすと、「あぁ、またここにも!」という感じで八ヶ岳が目に飛び込んきた。
この辺りでは、どの窓の先にも山がある。厳しそうな形相の甲斐駒ヶ岳、奥に北(北岳)。ずっと先に神々しいまでの富士。そして背中には緩やかに連なる八ヶ岳の山並み。 日本で一番高い山と二番目に高い山(北岳)が、ぐるりと視線を一周させるその中にあるのだから、冷静に考えるとすごい場所である。山は近すぎるより、本当は少し引いて広角で眺めた方が美しいのでは?と、浅間山という裾野の一部に住む私達は思うことがある。八ヶ岳(小淵沢周辺)に家を持つ最大の醍醐味は、数々の美しい山を自在に借景に取り組めることかもしれない。
2008年02月09日
北から 南から 渡り鳥
一番快適な明け方の眠りを揺るがす、キツツキの突き音。時計を見ると、まだ朝の7時にもなっていない。ほの暗い空に、車のフロントガラスが今日もガチガチに凍っているのを見届けて、なんとか最後の睡眠を得ようと目をつぶる。だが、腹をすかせたキツツキ(アカゲラ)の勢いは止まらない。すぐ下のデッキの薪を突きはじめている。これが響くのだ。
今朝はもう起きるかと、ベッドを出る。ブラインドをスライドさせて、庭一面を覆った雪面に視線を移すと、警戒心の強いキツツキはすでに山桜の枝に移動していた。次の瞬間、雪の上を軽快に走るまんまるな足の長い鳥を見つける。この時期、シベリアから渡ってくるツグミ!である。この鳥は、四足かと思うほど足が速く、なかなか写真におさまってはくれない。南の島にいる旦那さんに早速朝のメールを送ってみよう。
「庭に、いよいよツグミが来たよ!」
しばらくして、「春だねぇ。」
「でも、今朝はマイナス14度だったけどね」
「やっぱり、まだ真冬だな」
ここには、かたやシベリアから安住の冬を求めて遠路はるばる旅してくる鳥がいて、南の島から英気を養いに(飛行機で)飛んでくる酉もいる。軽井沢って、不思議なところ。
下は、今にも降り出しそうな空の下で雪上をトコトコと急ぐ二羽のアトリ。真っ白なお腹が雪に映えて。

2008年02月08日
李 安
アン・リー監督による映画を立て続けに観る機会があり、あらためてその繊細な美しさに感動した。
2005年 「ブロークバッグ マウンテン」 雄大な山麓での放牧シーンは、溜息がでるほど美しいアメリカの大自然。日本にはまずあり得ない空の広がりに、大陸という圧倒的なスケールを感じた。他界してしまったヒース・レジャーも、そこに行けば会えるような気がしてくるから、不思議。
そして、それから5年の時を遡ってもまだ斬新と感じる2000年の「グリーン・デスティニー」。まるで生きもののように風に揺れる竹林は、日本人にとっても馴染みのある風景。そこで描かれるのは一貫した”道”の世界であり、私にとっては精神性の美を感じる作品。何度観ても背筋が伸びる!
台湾出身の監督として、これほどハリウッドにその名を”刻み続ける”者はいないと言われている ANG LEE 監督だが、エンドロールに”李 安”の漢字を見つけると、同じアジア人として(そう、勝手に思ってよいのかどうかわからないが)無性に嬉しく思うのだった。どの作品においても根底に流れているものはアジアの伝統や文化であり、そこで”揺れ動く心”ではないかと思うから。アジアといっても広く、日本のような海を隔てた島国では、大陸続きに国境があるという感覚はなかなか理解できるものではない。だが、(大陸続きの)外国へ移住する日本人は私のまわりでも増えている。もうすぐ、日本の春を世界のどこかで無意識のうちに探す季節がやってくる。アメリカで働く友人夫妻は、そこで生まれた子供に”里桜”という粋な名をつけていた。日本に住む私たちよりずっと日本人らしい。
2008年02月07日
軽トラの走る風景
車を運転していて、あるいは助手席にいて、「あー、なんて綺麗な風景なんだろう!」と思う瞬間がある。そして、バッグの中からカメラを出してパチリ。帰ってきてその写真を確認すると、同じ車線の前や対向車線、あるいは車線以外のどこかに必ずといってよい確率で”軽トラ”が映り込んでいる。
だいぶ前にどこかのギャラリーで、フランスの画家が描いた”日本の風景”を見たことがあった。山麓の集落を走る軽トラが、日本の原風景と映ったらしい。荷台には収穫した野菜や藁。乗っているのは帽子を被ったおじいちゃんと、手ぬぐいをかけたおばあちゃん。今日は一日畑だからと家に置いておけない犬や、時にはお孫さんが加わることもあるだろう。
軽井沢では、もっぱら職人さんの車という印象で、建築材料や道具が積まれた軽トラとよくすれ違う。四駆なら相当の悪路も問題なし。除雪されていない林道にひかれた一台の車跡が、軽トラのものだったりするのだ。まったく頼もしい日本の車である。どんなに都心部へ行っても、そこが日本ならば軽トラの姿が消えることはない。私は思う。そんな軽トラこそ、ホンダが開発している水素車(燃料に水素を使い、排出されるのは水だけ)の技術を導入すべきだと。知人は、ベンツを卒業して軽トラに乗り換えた。彼女もまたたくましい。
2008年02月06日
デザートスプーンと春の衣

新調したばかりの衣装に袖を通すのと同じように、新しいカトラリーをおろす瞬間もドキドキ、わくわくするもの。先日、久しぶりに「これだ!」というデザートスプーンに出合い、使い始めるべき日時(とき)を いつか、いつかと待ちわびるようになった。真冬は、ガンガンに温めた部屋でアイスとビールだ!という北海道人的な暮らし方(万人がそうではないと信じたい)とは違うから、このデザートスプーンの出番はまだまだ先でいい。ミラノの工房で生まれたものだから、ぜひジェラードをすくってみたい。
さらりとした生地と鮮やかな色合いが気に入って、思わず衝動買いしたスプリングコートもまた、クローゼットに閉じ込めたりはしない。冬のコートが並ぶ壁にかけて、その手がこちらへ移る日(それはすなわち春の陽気)を待つのも、長い冬の楽しみの一つだ。
2008年02月05日
ホイップクリーム

...と化した、我が家の屋根。こんなアングルをどうやって撮影したか?というと、ご近所さんの2階に上がらせていただいたのです。自分の後姿が常時見えないように、片流れの屋根の様子を毎日観察するのは難しいこと。天窓から、ある程度 雪の様子はわかるものの、これほどびたりと張り付いていたとは。
軽井沢の雪は、そのまま消えて無くなることは少ないと言えるだろう。水分は蒸発して縮みはする。だが、大部分の雪は融けては凍り、凍っては融け、そうして出来上がる氷の塊やツララを”滴る”水もまた凍っていく。アイスクライミングする方ならピンとくると思うが、まさに氷爆や鍾乳洞のような変化を遂げながら、ようやく春を迎えるのだ。氷がなぜ怖いか?それは元は水なのに膨張してしまうから。雨どいや天水鉢が壊れやすいのもこのため。軽井沢の冬に雨どいは要らない。いや、軽井沢に限らず...そう私は思うのだが。
2008年02月04日
立春 広がる青空

まだ9時前だというのに、こんなに青々とした空が広がった。今日が”立春”と知れば、なおさら「空の色が劇的に変わった!」と断言したい気分。それを確かめるように、こんどは時間をおいて冷静に空を仰いでみたが、今回の場合は言いすぎでもなさそうである。視線を少し落とせば見渡す限り、白。道路も、土もまだ姿を現していないから本当に雪国のようだ。昨日の総積雪量は30センチくらいになっただろうか。軽井沢にしては降ったほうである。連日の冷え込み(マイナス10℃)を考えると、今回の雪は春が訪れるまでの数ヶ月間を共に過ごす”根雪”になることだろう。
2008年02月03日
雪に包まれる一日
昨晩から降り出した雪は、一向に止む気配を見せないでいる。
今日ばかりは、ご近所さんも朝から私道の雪掻きに余念がない。気温が低いため軽めの雪で助かるが、10時と15時に雪掻きをして、それでもまだまだ降り積もる勢い。どの屋根にもこんもりと雪が積もって、私にはそれがマジパンで出来たクリスマスケーキの飾りのように見えてくる。車はさながら白いモンスター!玄関までのアプローチも雪の回廊で作り上げ、久しぶりに雪国 軽井沢が誕生した。
明日は晴れの予報。降り積もる雪は確かに大変だけど、翌日には心躍る散策と雪見湯というご褒美が待っている。
2008年02月02日
日本ーダボス 成田ー軽井沢
スイスの山麓都市ダボスで開催された経済会議に、石原都知事の代理として急遽出席した猪瀬直樹氏。長野生まれの猪瀬氏らしく、その移動感覚をわかりやすくこう表現したのだろうと思う。極寒でリゾート地、もとは保養地という意味では似ているのかな。久しぶりに地球儀を回してみよう。
世界のトップやセレブ?がゾロゾロとプライベートジェット機で参加するというこの会議には、どこか秘密めいたものを感じてしまう。だが、世の中への影響力がある、あるいは多大な実行力を持っている人々が自由に情報交換できる場だとしたら、素晴らしいものだ。未来は、健全な環境あってこのこと。環境問題がとかくクローズアップされる昨今だけれど、地球”温暖化”という生ぬるい言葉を使い続けるようでは、いつになっても危機感は伝わらないと私は思う。地球過熱化といったほうが、遥かに現実味がある気がして。
2008年02月01日
雲の中から現れる
いよいよ2月。今日は、この時期特有の朝をご紹介しましょう。
「冬の軽井沢は10:00をまわらないと、その日の天気がわからない」と、これまで幾度となく書いてきたが、その様子が伝わりそうな写真。

時刻は9:23。浅間山の輪郭をも曖昧にする雲がゴウゴウと流れはじめて、青空よりも前に顔を出そうとする”白い太陽”を見つけた。「まさか、この雲行きで今日は晴れるものか」と天気予報を疑ってしまう。けれども、期待は裏切られない。ほの暗く、寒々しい印象しかない明け方の雪は、雲の中から現れた清冽な太陽光を浴びたその瞬間から、眩いほどの白雪へと変貌を遂げる。グランドカバーとなったその雪の表面は、光の加減で虹色のファイヤーを放ち、息をのむほどに綺麗。白銀とは、まさにこのようなものを言うのだろう。その生まれたての白銀のキャンバスに思いきり筆を走らせるものがいる。植物の影である。モノトーンより表情豊かなこの時期の光は、午後にはキッチンにいる私の背中を照らし、暖めるまでになる。




