Studio Born Conduction
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Born Conduction Life in 軽井沢
避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。

2008年01月30日

雪の花

昨日一日降り続いた雪が、再び白銀の世界を作り上げた。

今回は、粉雪より少し湿り気を帯びた雪である。それが幸いして、庭の木々は一夜にして”花が咲いた”ように華やかに。いつだったか、東北のお正月飾りにこれに似たものを見たことがあった。お餅を今朝のような雪にたとえていたわけですね。

08.01.30.雪景色.jpg

ドライフラワー姿のまま越冬中のヤマアジサイもご覧のとおり。吹いて飛ぶほどの軽さではない今回の雪。山の花は一見繊細に見えるが、思った以上に強い。”雪月花”という言葉は、知った時から素敵だなと思ってきた。だが、それは文字の並びに美しさを感じてきただけ。こうしたシーンの中に身をおいて、ようやく言葉の本質に近づくことができるのかもしれない。

08.01.30.雪の花.jpg

time : 16:29 | コメント (0)

2008年01月27日

マイナス13℃は続く

雪の日はいったん冷え込みが緩むが、それ以外は厳しい寒さが続いている。東京でも最低気温が1℃というから、久しぶりにクローゼットから毛皮のコートが出てきてもおかしくはない。今冬は、真冬にしかできないオシャレが無理なくできる年。コートの下はいつでも半袖のニット、それはみじめなことと思いたい。

暖冬と思う日もあったが、今年は屋根のツララもアイスバーンも発達して例年の冬になったようだ。
昨夜も厳しい冷え込みで、22:00の時点でマイナス10℃くらい。車を走らせれば、ここは本当に氷の町だったのだと痛感させられる。そして今朝はマイナス13℃まで冷えて、離山や矢ヶ崎山はこの冬一番と感じる美しさを放っている。木々の霧氷もまたいつでも見れるものではなく、様々な条件の”偶然”によって生まれるものだ。今日もきっと、一日を通して厳しい寒さになるだろう。だが、スキーや冬景色を楽しむには絶好の日。現在9:00 外気温はわずかにマイナス9℃。夜の帳のように下りていた雲が東にゆっくりと流れて、くっきりとした青い空が広がっていく。

time : 09:00 | コメント (0)

2008年01月24日

青空と嵐

降り続いた雪が止んで、朝から青空が広がった。最低気温はマイナス3℃とずいぶん暖かな朝。さっそくリビングの窓を開け放ち、新鮮な空気を室内に取り込もう。

08.01.24,雪がやんで 朝の青空.jpg

粉雪の翌日はなぜか音を伴うほどの強風が吹いて、静かな落葉樹の枝を華やかに飾った雪も、屋根に乗った雪も容赦なく吹き飛ばしていく。ザザーッと、屋根や木の枝から雪が振り払われて粉雪が舞い上がる様は嵐さながら。眺めていると痛々しい気分になってくる。だが、ありがたいと思うことも大事かもしれない。雪の間じゅう家にひきこもっていた人々も今朝はぞろぞろと外へ出てきて、キラキラと舞う粉雪を浴びながらマイペースに雪掻きをはじめる。冬の晴れ間はみんなを外へ連れ出し、笑顔にさせる。そんな力を持っているようだ。

粉雪が融けずに空中を舞っている...ということは、今日の気温はずっと氷点下のままなのだろう。しかし、手袋も不要なほど暖かく感じられるのは、白い雪のキャンバスが光を反射させているから。今日の風は機嫌が悪いのか?ひとりでゴウゴウと蠢きっぱなし。だが太陽は、ずっとずっと上で見つめるようにすべてを照らし続ける。光があるから、今日のこの雪は輝きを増しているのだ。どんなに秀逸なカットのダイヤモンドも光を浴びなければただの鉱物。こんなによく晴れた日の夜は、怖いほどの冷えこみを覚悟しなければならない。

time : 11:18 | コメント (0)

2008年01月23日

雪掻き後の 一杯

朝から、天気予報通りに深々と雪が降っている。関東もついに雪化粧したというから、交通機関を心配する前に、今日は四季を感じる貴重な一日となりそう。
それにしても、雪には驚くほどの消音効果がある。こんな日に走る車はまばらだけれど、たまにグググッという、片栗粉のような新雪を踏みしめて進むスタッドレスタイヤの鈍い音が響いてくる。雪の他に動いているものといえば、林床をすり抜けていく鳥くらい。14:00を過ぎても一向に降りやむ気配のない天を見上げて、今のうちに一度雪を掻いておこうと外へ出る。今年に入ってからはパウダースノーばかりだったから、ホーキではなく”雪かき”を手に持つのは久しぶりだ。まずはデッキの雪下ろしから。春の湿った雪ではなく、冬のさらりとした雪にホッとする。

08.01.23.雪搔き後の一杯.jpg

軽い雪といっても10cmほどの積雪。デッキと私道の雪掻きを終えてリビングに戻ると、すぐさま喉の渇きを潤したくなった。氷を入れた天然発砲水を一気に飲みほして外に目をやると、シジュウカラの群れがヒマワリの種に気づいたようだ。鳥の世界にもルールがあるようで律儀に餌の順番待ちをしている。まだまだ降りしきる雪。今のうちにたーんと食べて、今日は早めに寝床へおかえり。

08.01.23.餌の順番待ち.jpg


time : 13:36 | コメント (0)

2008年01月21日

大寒の朝 寒さ緩んで

都心部でも、まとまった雪が予想された今年の大寒。昨夜は、なかなか降りださない雪を待ち望むよう、何度もブラインドをスライドさせた夜だった。

今朝はマイナス5℃と冷えこみの緩んだ過ごしやすい朝。天気が良ければ、朝の数時間を待つだけで
その日は夕方まで薪ストーブに触れることはない。だが、街の空気に慣れたしまった旦那さんにとってここの朝(の寒さ)は、我慢できないものらしい。いたずらをする子供のようにそっと焚きつけ、無事にあがった炎を見てご満悦の様子だ。

案の定、お昼には窓を開けずにはいられない暑さになってしまった。うっすらと舞った粉雪は、午後の日差しを待たずに姿を消していく。最後の寒さから逃れるようにイギリスへ旅立つ友人へ電話を入れてみる。ロンドンは不思議な場所だ。ずっと緯度が高いのに気温はこの時期でもう13℃もあるという。

08.01.22.粉雪にフットプリント.jpg

ヤマボウシの根元に、シジュウカラのフットプリントを見つけた。きめの細かいパウダースノーだから鮮明に残っているのだろう。いいデザインのラグになかなか出合えずにいるが、欲しいのはこんな自然な柄行きかも!

time : 17:48 | コメント (0)

2008年01月19日

針葉樹を食べる?

我が家で一番鳥が止まる木はヤマボウシ。葉のないこの木に、ひっきりなしに野鳥が現れるのだ。ひまわりの種をくわえた鳥がどこからともなくやってきて、辺りを見回して安全を確認した後に、勢いよくコンコンと殻を割りはじめる。この時期はシベリアから飛来してきた冬鳥(アトリやシメ)も加わるから、食事時はとても賑やかだ。マユミやヤマボウシは昔から鍬などの農耕具の”柄”に使われてきたと聞く。だが、そのしなやかな強さに、いち早く気づいたのは鳥か人か?そんなことを想像してみるのも楽しい。

08.01.21常緑.針葉樹.jpg

ヤマボウシは落葉樹だが、鳥にとっての針葉樹、それも常緑の針葉樹とは身を隠すこと以外にどのような役目があるのだろう?と思うことがある。芽吹いたばかりの落葉松の新芽に野鳥が群がっているのは見たことがある。だが、冬の、喉に刺さりそうに硬いモミの葉を食べるものがいるのだろうか。そうか、豊富な酸素を作ってくれるという点では確かに思い切り食べている。肺の奥にまで浸み渡る、新鮮な冬の酸素は強靭な常緑針葉樹のおかげだ!

常緑針葉樹の深い森のイメージが強いタイガは、トウヒ属を中心とした欝蒼とした暗い森と、カラマツ属の落葉針葉樹を中心とした明るい森から成っている。針葉樹だらけの森は一見するとクリスマスツリーに囲まれたおとぎの世界のようである。だが、極寒の冬には神秘性を通り越して自分以外の足跡に出合うことも皆無。少し足を踏み入れただけで、引き返したい気持ちになるかもしれない。 それに比べると落葉樹の森の冬は格段に明るい。

軽井沢は、この冬一番の寒さ(最低マイナス10~12℃ 最高マイナス2~0℃)が連日のように続いている。外へ出れば紛れもなく冷凍庫である。だが、1、2月の軽井沢に来てみるとわかるはず。日中は、想像をこえた、暖かな日差しに包まれていることに。

time : 15:40 | コメント (0)

2008年01月18日

星の見方が変わった日

昨年から、立て続けに映画を劇場で見るようになった。久々の映画熱といったところだろうか。

以前から楽しみにしていた”earth(地球)”を見てきた。年末に公開された”I am LEGEND”は、人によるウィルス感染で人類が滅亡の危機にさらされる映画で、新型インフルエンザに恐怖する近い将来を予感させるものがあった。そして、新たな年が明けて早々に公開されたのがこのearthである。

太陽の恩恵にどっぷりとあずかる我が家の冬。少しばかり高地の紫外線を気にしながら、鏡に向かうことから毎朝がスタートする。だが、冷静に考えてみればこの星と太陽は奇跡のような位置関係にあるのだ。「どうして日本にはいろいろな季節(四季)があるのだろう?」と疑問に思い始めた幼少期。今から”50万年前”の若い地球に隕石が突撃したことで、地軸が23.5度もずれてしまった。致命的に思えるそのダメージによって、この星に偶然”季節”が生まれることとなる。野生動物は、水と夏の恵みを求めて命あるかぎり旅を続ける。だが、人はライフラインを家まで引き込み、旅することをやめてしまった。季節感が薄れるほどに環境も変貌させてしまっている。

こうして、この日記を書いている今も、
「今日の長野県は過去最高の電力消費量を記録」
「シベリアの永久凍土がついに2メートルも融けていたことがわかる。温暖化への懸念強まる」といった、因果関係そのものと思えるニュースが入ってくる。

この映画の監督 アラステア・フォザーギルは、
「この地球の美しい姿を目にする、これが最後のチャンスである」と語ったという。

今夜も無数の星が瞬いている。だが、生命ある星は(現時点では)0に等しいと考えられている。奇跡にも見える偶然の積み重ねが生んだ美しい自然と生命の営み。それらが、これからも継続できるように。この星に、できるだけ負担のかからない生き方を目指していきたいと思う。

time : 22:27 | コメント (0)

2008年01月14日

パウダースノーとアイス

今朝は朝9時でマイナス7℃という、厳しい冷え込みとなった。さらさらのパウダースノーが、朝日を浴びて光輝いている。この景色こそ、待ちに待ったいつもの冬景色だ。

成人式三連休スタートの土曜は雨。それもかなりまとまった降りで、ウインタースポーツを諦めてアウトレットへ向かう車の列で道路は朝から大渋滞していた。だが、お昼前にはミゾレになり、次第に雪へと変わっていった。モミなどの常緑樹は着雪するとなんとも愛らしい姿になり、町のいたるところに”おとぎの国”の雰囲気が漂う。落葉樹を好む私だが、この時ばかりは常緑樹も生命力があっていいものだなぁと思う。

雪が降ったのは土曜の一日だけだが、マイナス10℃級の冷え込みが続くと、見事なアイスバーンが日々生まれていく。昨日は夕日を眺めに浅間サンラインを走ったが、何度も恐ろしいアイスバーン・ゾーンにでくわした。日陰やカーブ、踏切ではABSがかかる場合もあるかもしれない。

軽井沢の冬は身体にも厳しく、日常の何気ない動作にも危険が潜むようになる。けれども、私は今が一番好きな季節!目覚めれば白銀の世界に心が浮き立ち、日中は天気によってその日の行動を無理なく決め、晴れた日は光のマジックに目を奪われる。そして夜は、薪のはぜる音を聴きながら深い眠りにつく。

「1月も中旬になると、冬も終わるような気がして...」と語る友人がいる。秋の頃からすっかり寒さに慣れてしまったので、もう何が来ても余裕だということらしい。一番寒さの厳しいこの1、2月は、部屋中に隈なく太陽光が差し込む季節でもある。そう考えると”自然”というのは実に気がきいていて、粋な計らいをしてくれていることがわかる。

08.01.14.パウダースノー.jpg

time : 11:26 | コメント (0)

2008年01月10日

ダイヤモンドダスト?

庭や屋根の上にはびっしりと霜が降りていて、それが少しづつ融けて消えていこうとする朝の9時。
雲の間からようやく顔を出した太陽が、それまで張りつめていた夜の冷気に触れる。

気温は、0℃か1℃。いつもより、湿度を感じる朝だ。
わずか10分ほどの出来事だったが、空気中の水蒸気が光に照らされてヒラヒラと舞っている瞬間と出合った。この気温でダイヤモンドダストらしき現象とは不思議に思ったが、細かくて薄いガラスの破片が回転して降りてくるようなハッとする光景。
一人では信じがたい出来事が、ここでは頻繁に起こる。今朝は旦那さんも運よく遭遇できたので、夢や錯覚ではないだろう。

time : 13:53 | コメント (0)

2008年01月08日

春のような...

今日の最高気温はぐんぐん上がって、なんと8℃!

やはり、地球温暖化が勝るということだろうか。夜になれば、マイナス5~7℃くらいまで冷え込みはする。が、日中がここまで暖かいと僅かな根雪はもの凄いスピードで消えてしまう。

ぬかるんだ地面、玄関まで記されるチョコレート色のフットプリント。それは、およそ4月の雪解けの景色である。1月は、5℃あれば充分暖かいと感じる冬のままでいい。下界では、早くも梅が咲いてしまいそうで。

time : 14:15 | コメント (0)

2008年01月05日

麻のカーテン

今日日中の最高気温は4℃。朝から穏やかに晴れて、小春日和のような陽気に。

08.01.05.麻のカーテン.jpg

今年から、リビングの窓に麻100%の布をとりつけることにした。我が家には、カーテンも雨戸もない。「定住するなら、それらはきっと要らない」という、私なりの潔い選択をしたのである。だが、実際にブラインドだけで過ごす冬の夜は寒々しいものがあった。

インテリアとは、機能美だけでなく演出でもあるのだと、ようやく思えるようになった。今年は布のある暮らしに一歩踏み出そうと思う。生成りの麻はパリッとした風合いと光の透け感が気に入った。「カーテンは床まで伸ばした自然なドレープこそが贅沢」という父の言葉を思い出して、色褪せた細い竹をレールに見立てて布を”流して”みる。イサム・ノグチのスタンドも同じ竹なので、リビングに違和感なくマッチしたようだ。

常緑の松と麻紐でつくるお正月の松飾りは、昔から縁起の良い組み合わせ。そういえば、しなやかで真っすぐに、すっくと育つ”麻”という字が名前に入った方も多いですね。続々と届く年賀状の半数近くは子供の写真で溢れている。”子供たちはみな元気に育っています”とメッセージが添えられることは、当たり前のことではなく、最高の幸せなのだと気づかされる。

time : 14:41 | コメント (0)

2008年01月02日

マイナス9℃の夜

2日続けて、-9℃の夜。
その日の最低気温は明け方に記録されることが多いのだが、今夜は(2日)23:00の時点で、すでに3日朝の予想最低気温-9℃をクリアしていた。それを私に気づかせてくれたのは、リビングの高窓から瞬く星々。いつにもまして鮮明に輝く星は、相当冷え込まなければ見ることはできないもの。ガラス越しではなく肉眼で確かめようと外へ出た。夏の星もいいが、空気が澄み渡った極寒の冬の星は色つきのダイヤモンドのようだ。

夜から焚き始めた薪ストーブに、今日最後の薪をくべよう。現在、部屋の温度は19℃。これからどんなに焚こうとも20℃を超えることはないように思える。-10℃近い寒さの連続は、さすがに緊張感が走る。

time : 00:46 | コメント (0)

2008年01月01日

肌を刺す冷気で迎えた新年

この冬一番の寒気を心配をしながら迎えた2008年。
平成はいつの間にか20年目を数えるから、昭和の終わりを体験した者にとって今年は、節目のような特別な一年になるような気がする。
今日の浅間山は雪雲の中である。この寒波でどの程度雪がついたかは想像の域を出ないが、きっとぶ厚いホイップクリームが山肌を飾っているに違いない。時折、その雲のかけらが短いスパンでこちらへ流れてきては、アラレのようなコロンとした雪をデッキに落としていく。雪は融けることなく暫くデッキに居座る。

一歩外へ出ると、軽井沢らしい冬の冷気が肌を刺した。昼間であっても氷点下。風の通り道を歩けば、耳や鼻が痛くなるほどの体感温度で、まるでアイスクライミングのアプローチを歩いているようだ。昨年は12月下旬に春のような雪が降ったこともあり、「寒い!寒い!」を連発しながらも、いつもの冬が来たことに安堵した。

08.01.01.新年の花.jpg

年賀状のやりとりだけで、季が移り変わっていく友人や知人たちがいる。歳を重ね、住まいを移し、家族が増えるに連れて再会のチャンスは希少なものへ。そんな人々と機会を見つけて、今年は「ぜひ、会えたらいいな」と思う。

この地での暮らしも6年目。この日記も早いもので4年。いつも読んでくださっている皆様に感謝申し上げます。日々の暮らしを綴りながら記録していくことは、同じことの繰り返しのようだと思う瞬間もあるのです。同じ建物に住み、同じような景色を眺めて、旬の食材を食べて...しかし、実は同じものなど一つもない。私が気付かないまま過ぎ去っていくものも、様々な影響を受けて自分が変化させていることもある。

葛飾北斎は90歳という(当時の)長命を得ながらも、死の床で「あと十年寿命があれば...」とつぶやき、しばらくしてから再び「あと五年あれば、本物の画工になれたのに」と悔しそうに語ったという。物の形ではなく本質を描き、そこに生命を吹き込んでいく作業に終わりなどないと。

北斎の送った日々の積み重ねは、まさにその人の「生き方そのもの」になると今日の私は解釈したい。暮らしから一歩外へ出た人々が、ベースとしている街や町を創りあげていく。その地の風景とは、突き詰めていけば、日々の暮らしから生まれ出た”人の集合体”と言っても過言ではないだろう。すべての根源は、家庭であり、人。裕かな生き方を目指して、今年も頑張りたいと思う。

time : 14:58 | コメント (0)