| 避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。 | |||||
2007年12月30日
嵐の前の 日の入り
朝から不安定な天気。
「あれ?今日は予想に反して晴れてしまうのかな」と、薪ストーブを焚こうとする手を一瞬止めたが、もの凄い勢いでやってきた雲が容赦なく陽射しを遮っていった。数分のうちに雑木林を白めていく牡丹雪。下草に雪がついたばかりの美しい景色を眺めながら、このまま銀世界になっても構わないよと願う自分がいる。だが、それも午後には儚くも消えていった。年の瀬とは思えぬほど気温が高く、”春の名残雪”のようだと旦那さんは言った。これではせっかくのウインタースポーツも楽しくない。他県から来たらなおさらだ。

2007年12月30日17:00 リビングからの眺め。
風も止んで、野鳥の姿も囀りも消えて、そこにあるものすべてが静止しているかに見える。だが、雲だけは恐ろしい形相で蠢いている。嵐の前の日の入りを見た。
2007年12月28日
冬将軍接近中
今夜から天気が下り坂になると聞いたので、今日は外回りの整理整頓をすることに。
高層天気図によると、現在は700hpでバイカル湖の南西に、-36℃の猛烈な寒気団がきているという。これは、一年に一度来るか来ないか?の強いもので、日本列島に最も影響を及ぼすのは12月30日~1月3日にかけてとのこと。どんぴしゃでお正月休みである。もし、この間に登山を計画しているなら相当の覚悟をしなければならないし、パスするのが望ましいと山岳会のボスは警告を流した。
軽井沢を高山の気象状況と同等にとらえるかは微妙だが、久々の大雪も考えられる。そうなると、今日は雨雪降る前の年内最後の曇り空。住人にとっては貴重な一日である。まず、マウンテンバイクを地下へ移動し、一週間分の薪を薪小屋からデッキ上の薪棚へ運び入れよう。浄化槽の蓋は、屋根から落下してくる”氷の塊”から守るためにあらかじめ合板で保護しておく(これは昨年から行うようになった)。
天気は予報通りで、私は夕方からひどい低気圧頭痛に見舞われた。夜になって降り出したのは、この時期には珍しい”雨”。高速を走って、今夜中に軽井沢入りを果たした車のタイヤ音がまとまった雨であることを知らせてくれる。薪ストーブは不要なほど室温は高く春の夜のよう。地面を白く染めていた根雪はいったん姿を消すだろう。だが、きっと大晦日には一面の銀世界になる。それより何より、あぁ...2007年もあと3日?!
2007年12月25日
根雪ができた!
クリスマスイヴに間に合わせるかのように、軽井沢の町は雪化粧した。
雪は、土曜の夜から日曜の明け方まで降り続き、積雪は20cmほど。今シーズン初のまとまった降りとなった。その日の早朝に上京する私にとっては、一面を覆った雪がこれから一日の間にどう変化していくか?正直予測がつかない。帰ってきてから後悔(ガリガリのアイスバーンにわだちが完成!)しても仕方がないので、暗いうちから私道とデッキの雪かきをすることに。とりあえず羽織ったダウンジャケットは、すぐさま要らなくなった。湿り気のある春のような雪が重いからではない。まだ6時前だというのに気温は氷点下でないことが、なんとなくわかった。これはきっと、すぐに雨に変わるのだろう。
そして、この日の雪は根雪となって今も地面を覆っている。”道路は乾いているが、土の上は白い雪”という景色で迎えた”安全な今年のクリスマス”。今日日中の最高気温は0℃、最低気温は-5℃で、厚い雲が陽射しを遮った底冷えする一日である。町を歩いていると、膝下まで覆うモコモコのダウンを来た多くのファミリーとすれ違った。他県から来たら、確かに相当寒いに違いない。だが、この地の寒さの本番はまだまだ。その先に待っているのは、ここでしか見れない数々の美しいシーン。

ついさきほど、NY在住の友人から美味しそうなチョコレートとカードが航空便でやってきた。25日に届くよう準備してくれたなんて嬉しいですね。そちらのクリスマスは賑わっていますか?
北緯36℃の軽井沢から世界のみんなへ、メリークリスマス!
2007年12月21日
鉄器 いろいろ

増える我が家の鋳鉄たち。
左から、グリル ごはん鍋 やかん。果たしてこの次に続く鉄器はあるだろうか...。
いよいよ、朝晩の冷え込みが本格的になってきた。晴れていても、風に吹かれて浅間山から降りてきた雪の粒がコロコロとデッキを転がる様子が垣間見れるから、昼間の最高気温もかなり下がってきたようだ。凍った地面に足を落とせば、サクサクとチョコフレークを踏みしめるような不思議な感覚に。いったん雪が降る積もってしまえば、この楽しい感覚ともおさらばだ。先週降った雪は軽いもので、今は再び冬枯れの景色に戻ってしまった。だが、今週末の空模様はちょっと微妙。凍っては融け、融けては凍りを繰り返す軽井沢のアイスバーンに震える日は、もうすぐそこまで来ている。
2007年12月16日
赤煉瓦が消えて

上の写真は、かつての勤務先からの眺め。私が通っていた頃は、赤煉瓦の塀が外苑東通りまでそびえ立つ静かな通りだった。塀の中は旧防衛省。ここに、巨大な複合施設が予定されていることは聞いていたが、そんな日は永遠に訪れないだろうと どこかで思っていた。だが、6年の歳月は凄かった。六本木ヒルズや表参道ヒルズが次々と竣工し、きっと都心部では最後となる広大な複合都市”東京ミッドタウン”が誕生した。
日本のデザインを世界に広める拠点がコンセプトのようだが、建物をデザインしたのはNYの集団という。だからなのだろう。どのエリアにいても狭さを感じないゆったりとしたスケールと、ほのかに感じる日本らしい意匠のバランスが絶妙で、やっと落ち着いてショッピングを楽しめる場所に出会ったと思う。

テナントの壁を飾るリースにまず目がとまる。
軽井沢は明け方に雪が降り”積った”と知ってしまっては、もうのんびり夕食という気分ではない。今日までの鳥獣戯画展も長蛇の列を見て諦める。DEAN&DELUCAの惣菜をたっぷり買い込んで、早めに帰るとしよう。
6年の月日が創りあげたものは都市だけではない、私の帰る場所も暮らし方もずいぶん変わった。
2007年12月14日
お酒の飲めない彼女から
親友が大手ワイン輸入会社に転職したと聞いた時、私は羨ましい気持ちでいっぱいになった。しかし、どうして彼女が...とも思った。ただの一滴もお酒が飲めないのである。
そんな彼女から、「私は美味しいかどうかわからないのだけれど、クリスマスやお正月に飲んでくれたら嬉しいです」とスパークリングワインのロゼが届いた。味は、保証付きで約束されたものだ。たった一言でもメッセージの入ったプレゼントは本当に素敵だ。一手間を惜しまないことで、喜びはより価値のあるものへ。料理にも、お茶の時間にも通じるものがある。
今日は完成したばかりの友人の新居へ、カードとプレゼントを持ってご挨拶に。新居で迎えるクリスマスや元旦は、感慨深いものがあると思う。我が家もそうであったから。
2007年12月13日
落ち着いて 人と会う日々
師走...この2文字を見ただけで慌ただしい気分になる。けれども、なんとなく仕事の目途がたってくるのもこの時期。私も、ようやく以前から約束していた方々と、じっくり会って話せるようになってきた。お茶を共するだけでなく、夜の早いうちからご家族と夕食を楽しむ機会も増えてくる。クリスマスや年末年始は、お互いに夫婦や家族とのスケジュールがあるため、自ずとこの週になるのである。
会えば、「来年、私は○○な年にしていこうと思って」といった前向きな会話が交わされることが多い。老若男女問わず、すべてのものに平等に注がれる時間。それをどう使うか?一日24時間という限られた時間を、自分や誰かとどう過ごしていくか?によって、その一年が”年輪”のように記憶に刻まれるものになるのだろうと思う。
12月も中旬になれば、誰しも一年のカウントダウンをしたくなるもの。仕事も家庭もプライベートも、すべては相手あってのこと。思いやる気持ちと合意があって成り立つものだ。今日はこれから、年賀状を送ることのできない方々へ、感謝の意をこめてカードをしたためたい。久しぶりに握ったペンからは下手な字しか生まれ出てこない。だが、キーボードを叩いてプリントした文字にはない何かが伝わる気がして。
2007年12月11日
ゲストを迎える モミのリース
今日は午後から小雪が舞った。気温が高いため、すぐにミゾレ混じりの小雨に変わったが、乾燥した肌や喉には嬉しい一日となった。

ホリデーシーズンの幕開けに、今日から玄関を飾ったリースはお手製。軽井沢のモミを使って仕上げた。モミの木のエッセンシャルオイルは北海道産が有名だが、ここ軽井沢もとてもいい香り。残った葉は煮出して、落葉松やカモミール同様にエキスをとってみようと思う。どこにもレシピのないモミの石けん作りがはじまる。
2007年12月10日
今年最後の洗車
寒さが和らいだお昼を見つけて、今日はGSスタンドで車をワックス洗車してきた。はじめに、「今日は出来ますか?」とスタッフに聞いてからである。軽井沢では、氷点下の日が続くとスタンドの洗車機まで凍ることもあり、この時期の夕方に洗車することは、タブーといってよいだろう。翌朝は、エンジンがかからなくなることを覚悟しなければならない。(私は、引っ越し早々にこの失敗を経験し、ご近所さんに大笑いされてしまった!)おそらく、今年最後の洗車となる。
長期天気予報では、「今シーズンは厳しい冬になる」と予測されていた。だが、温暖化の影響を加味していくと、「寒さは例年並みに」と呆気なくも変わってしまった。毎日、平然とこんなニュースが流れているが、今は天気でさえも気象予報士だけでは判断できない状態なのである。私たちは生きているだけで、環境に対してなんらかの汚染をしてしまう。それは自分の身に降りかかって、初めてその深刻な様に気づく。もっと敏感になるには、自分の暮らしの細部まで視線を落としていくしかない。
私が土地を持って良かったなと思ったことの一つが、少なくとも自分の管理する地面は安全なものにできる!ということ。だから、処理能力を持たない土の庭で、洗剤を使いながら車を洗ったりなどしない。家の中の排水溝に流す場合も、それは町の下水処理施設へ流れてはいくことはない。それぞれの家が持つ浄化槽へ流れ込み、生きたバクテリアの力を借りて自然分解を促しながら土壌へ帰っていくのである。キッチンの排水溝に油まじりの汚水を流し続けていれば、パイプのつまりが気になって、髪の毛も溶けるという強力な塩素系の薬剤を使いたくなることもあるだろう。だが、それもいずれは自分の土壌に跳ね返ってくる。お宅の浄化槽が匂うといって近隣トラブルが発生することもあるが、スムーズに自然分解が出来ていれば(つまり、浄化槽をいたわる行動ができていれば)このような問題も起きない。
薪ストーブから出る灰は既製品にはないほど細かな粒子のクレンザーになるから、薪ストーブの耐熱ガラス汚れは、これで落すのが一番だ。もちろん、繊細な食器の茶渋落としや掃除にも活躍する。大量の水と燃焼エネルギーを必要とする入浴は、活火山の町の恩恵である温泉をできるだけ利用したい。車に乗る場合はできるだけ効率よく用事を済ませ、相乗りもする。私が出来ることは地球規模で考えたら本当に小さなことだ。けれども、日々の暮らしはそんな積み重ねから成り立っている。来春の芽吹きを想像して、山桜の根に灰を与える。
2007年12月08日
夜長に炊きたい 釜ごはん
長い夜は、お菓子を作ったり、夕食にひと手間かけようという気持ちにさせてくれる。
今夜は、炊飯器をやめて初めて自分でご飯を炊いてみたいと思う。今は圧力鍋、土鍋といろいろあるけれど、私が選んだ道具は南部鉄器。調理道具は、使わない時の佇まいに重点をおいて選ぶようにしている。大きな鋳鉄(薪ストーブ)を中心とした我が家の暮らしでは、鉄 それも鋳鉄製品は特に愛着が沸く素材だ。
一時はダッチオーブンにはまったこともあったが、油を多用したメニューになることは避けられない。ダッチオーブンには豪快な野外料理が合っているし、実際にそこでは美味しく感じるものだ。久々にコンロに乗ったのは、シーズニングの油が酸化したのをメンテナンスするため。
長期登山の経験の多かった旦那さんは、ご飯を炊くのが大の得意だという。だがそれは山の中での話。日常はどっぷり電気炊飯器の恩恵をうけている。
さぁ、米をといでザルにあけて30分。マニュアルを参考にしながら、私は初めてご飯を釜で炊いていく。すると、ガスの火にかけてから15分という短時間で、出来あがってしまった!炊飯器のスタートボタンを押してから45分もかかっていたのが嘘のようである。

ここがポイント!泡がふいてきたら火を弱め、蓋をずらして”割り箸”を隙間に挟む。この割り箸が噴きこぼれを防ぎ、ブクブクの”おねば”も逃さないという。いやぁ、これは本当にすごい小技を知りました。鍋の外はまったく汚れない!目から鱗。
そして、丸底の鋳鉄鍋だからこそ出来るという、お米が対流するぐるぐる効果によってホクホクに炊けたご飯!あまりの美味しさに、一人で一合も食べてしまいました。

2007年12月06日
視線のさまざま
午後は三笠に住む知人宅へ、夕日を眺めに。
軽井沢に家があると言っても眺めている景色は様々だ。この町では富士山のような存在の浅間山も、万人に見えているものではない。離山も私の知っている形ではなく、「あの山は?」と聞く始末。それほど印象が違う。原生林の中に、ポッカリと浮いた雲のように暮らすその家の主は、芽吹きの頃が一番好きだと話す。まさにそれは「緑の洪水」と言っても言い過ぎではないだろう、とも。つるべ落としのごとく呆気なく暮れていく、主から見たら明らかに下界の夕日が見慣れた私には新鮮な、静かに山へと落ちていく日がそこにはあった。お土産にいただいたのは新鮮な”もみの葉”。今年はこれでリースを作る。
昨夜はじめて聴きに行った矢野顕子さんのピアノが、山から降りる私の頭の中で静かに流れた。
2007年12月05日
冬の朝 霧氷

11月中は強い寒波が何度も到来して、厳しい冬の洗礼を受けたのも束の間。ここ最近は冷え込みが緩んでいたため、気を抜いた(?)日々を送っていたように思う。だが、季節は確実にいつもの冬へと向かっている。浅間山から粉雪が舞って、庭や車に薄っすらと結晶まじりの雪がつく朝も多くなってきた。
今朝は、8時の気温がわずかに-5℃と通勤には厳しい朝となった。離山や矢ケ崎山も見事に霧氷して、リビングから眺める借景もこの通り。手前左は我が家のニレケヤキ。奥は落葉松。同じ冬枯れでも、落葉松の樹形がいかに魅力的かがわかる。徐々に雲が流れて、10:00前になってやっと現れた青い空とのコントラストが綺麗。この眺め、この肌をさす冷気、いよいよあの冬がやって来る!
2007年12月04日
拭き掃除 ときどきアイス珈琲
この季節は午後になると、部屋の隅々まで光が届くようになる。眩しくて、サングラスをかけていたいほどだ。その光の恩恵で、室温はぐんぐん上がって暖房要らずの温室になってくれる。
だが、この光はただものではない。日頃見えなかったもの(できるならあまり見たくないもの!)まで、鮮明に見えてくるから怖い。その正体はホコリ。漢字だと”埃”と書くが、室内のホコリは土ではなく繊維の糸が多いだろうか。いやまったく、仰天してしまうほど隅々まで入り込んでいることがわかる。久々にかたく絞った雑巾で拭き掃除をはじめる。そして、こんな時に飲みたいのがアイス珈琲。極寒の冬に、雪かきを終えた喉が欲するのも同じくアイス珈琲。かれこれ10年ほど前に、耐熱ガラスメーカーHARIOのお仕事をさせていただいたことがあり、その時 ”ポタ” というUFOのような形をした愛らしくも素晴らしい性能の水出しコーヒーマシーンが開発されたことを思い出した。ポタは今も健在なはずだ。今シーズンは我が家も水出しをはじめようか。
2007年12月03日
気がつけば 師走
今年も残すところ一ヶ月。
12月だけは、なぜか特別な月という気がする。公開される映画も、街も、町も。そこを行き交う人々はみな足早だが、どこか華やかな雰囲気を漂わせている。
「今年は、人生で一番多忙な一年になったかもなぁ..」と話す旦那さんのスケジュールはクリスマスまでぎっちりと埋められている。だが、これまでとは違い、今月は忘年会やパーティの予定が組み込まれるようになった。今夜は、この秋に自らが誕生させたユニットのメンバーとディナーという。きっと、心の底から楽しんでいるに違いない。
本来、子供と大人に何時からという境界線などなく、一年もどこかで区切られるものではないと、冬の星空を見るたびに思う。生を受けた瞬間から、それこそ継続的、持続的に前へ前へと与えられた命を全うするのみだ。だが、どこかでけじめをつけ、確認したくなるのが人というものなのだろう。今年の我が家にも、来年の年賀状に載せるシーンを選ぶ時が訪れた。身内に不幸がないから出来ることと感謝する。日頃、振り返ることの少ない私だが、この時ばかりは2007年をじっくりと思い返す。



