| 避暑地軽井沢で骨に響く豊かな生活を目指して奮闘中。Yuuko のつれづれ日記。 | |||||
2007年07月30日
梅雨明け間近の知らせ?
日曜から不安定な空模様。
空がいったん厚い雲に覆われた思うと、突然雷がゴロゴロと鳴り出して、ザザーッとスコールのような雨が降ってくる。傘なしで散歩するのは少々不安な日々が続いている。
青空にぽっかりと浮かぶ”綿あめのような白い雲”と、なんだか怖い色をした”黒い雨雲”は、種類の違う雲だと勝手に思っていた子供時代。雲の色はその厚みがもたらす影の濃淡と知ったのは、果たして幾つの時だったか。
きっと、この雷が消えたら、遅かった今年の梅雨もいよいよ明けていくだろう。明日で7月が終わる。
2007年07月27日
木漏れ日力
今日の暑さは違った!一年で一番暑い日と言ってもいいだろう。
国道18号を運転していると、右腕に肌を焦がすような日差しが照りつけてきた。痛いほどの暑さである。ただ、幸いなのは今日の湿度が低めなこと。体を動かさなければ、自然と汗が噴き出すようなことはない。

木漏れ日の降りそそぐ道に入っていくと、不思議。国道と同じアスファルトできた道路であるのに、急に体が”楽”になる。窓を開けて、爽やかな高地の風を浴びて、きっと2度目の洗濯物も乾いている今日の自宅へ帰ろう。道路の上に張り出す木々(木漏れ日の親分)を維持・管理していくのは確かに大変なことである。相手は生き物なのだから、「めんどくさい」などと言っていられないし、ご近所さんとのコミュニケーションだって必要になる。だがここ軽井沢では、四季折々の表情を見せる木々が取り持つ仲があってもいいんじゃないかと思えてくる。地球全体が温暖化に向かうなか、たったこれだけで”気温も気分”も驚くほど快適になる。このキラキラとした光と緑の織りなす木漏れ日の風景が、解決していく力は大きい。
2007年07月26日
ヒグラシと鳥のコーラス
火曜日から、最高気温は連日26℃をマーク。軽井沢としては真夏の暑さが続いている。
空気がカラリと乾燥していれば、25℃前後というのは充分快適な気温である。だが、まだ梅雨の最中で天気が安定しないため、軽井沢の湿度は相当のもの。ブラインドにかけたエアプランツが生き生きとしていることでわかるように、洗濯物がこれほど乾きにくい年は、5年間暮らしていて初めてである。
夕方までは四方の窓を開けて、部屋中に風を流して過ごすとしよう。

外では、ヒグラシとホトトギスの一大コーラスが繰り広げられている。それはそれは見事なもので、ひっそりと暮らさなければいけないのは、私たち人の方だと知らされる。
鳥は、ネコやイヌが発する鳴き声という”単語”(鳥の場合、地鳴きがそれにあたる)だけでなく、囀ることができる。この囀りは、人が話すのと同じ”会話”によって構成されていることが最近の研究でわかってきた。確かに鳥の囀りは他の動物と違ってしっかりとしたメロディ-。夕方、キビタキの親がずっと同じ鳴き方をして雛の帰りを待っていたことがあった。「家はここだよ。もう帰っておいでー」なんとなく、そんなふうに理解できる。
考えて見れば外国語を学ぶ時も同じだ。いつまでも単語だけでは会話にならない。
2007年07月24日
夏の日 スパイダーに乗って

昨夜は久しぶりに月を見て、翌日は間違いなく青空が広がると確信していたような気がする。
今日は浅間山を背にして走る。向かった先は八ヶ岳。
今となっては懐かしい雑木林は、真夏のような太陽を浴びて一層輝いていた。
「またコアジサイの花期を逃してしまったなぁ」と、ただそれだけを悔やみながら木道を歩きはじめた。腰の高さにあるコアジサイはどの花も終わっていた。風にそよぐ風知草と米粒のようなママコグサ、ギボウシのグランドカヴァーが近づく夏を予感させる。
「やはり、花はもうない」と諦めかけていたその時、林床まで見事に照ら光が遅咲きのコアジサイの存在を私に知らせてくれた。足を止めて、できるだけ顔を近づけて、初めて見る花の色を目に焼きつけていく。「コアジサイが咲くと、林中に甘い香りがそっと広がっていく」と誰かに聞いた。山の紫陽花とは思えぬ、表現は難しいが確かな甘い香りだ。4年越しの夢が叶った。アルファ スパイダーも一度は運転してみたい車だった。



今夜は月だけでなく星も見える。庭から、ムササビの鳴き声が聞こえてきた。夏だ。
2007年07月22日
雨があがって
途切れることなく降り続いていた雨が、止んだ。たとえ一時でも久しぶりの晴れ間が嬉しい。家じゅうの窓を開け放ち空気を入れ替えよう。

気づけば、庭のススキの背がずいぶん高くなった。群青の葉をバックにトラノオの白が際立つ朝。
2007年07月20日
ディープヴォイスに酔う
22:00、Keiko Leeのライヴから戻ってきた。彼女の声を生で聴いたのは今宵がはじめてのこと。

Joe Sample&Lalah Hathawayの奏でるSTREET LIFEが特に好きだけれど、Keiko Leeも素敵に歌い上げてくれた。アンコール2曲目(最後)は、なんと弾き語りのIMAGINE!熟成した大人の歌声にすっかり酔いしれてしまった。
今日も残念ながら梅雨寒の一日だったけれど、彼女の歌声は軽井沢の夏の夜にしっとりと馴染むことだろう。来年もぜひ来てほしいと願う。
2007年07月18日
果物の旬
宮古島からマンゴーが届いた。昨年の日記を見ると、17日(昨日)に同じものを口にしている。食べた時の記憶をたどっていくと、その日は汗ばむような真夏日で、友人も一緒だったことを思い出した。
(食べものから呼び覚まされる記憶は驚くほど鮮明!)
それに比べて、昨日今日の気温は15~20℃と肌寒く霧に包まれている。
毎年、同じ気候などないのに”旬となる週”はほぼ同じ。そう思っていると、父自慢のソルダムが箱いっぱいに送られてきた。熟す直前に降り続いた雨のせいだろうか、昨年より甘みが少なく瑞々しい味。

いつの間にか青い実をつけたヤマボウシ。初秋のころ赤く熟す実は昔、子供のおやつだったと聞く。
2007年07月17日
オン・シーズン前の 静寂

わっさわっさと霧の降る、涼しい一日。
こんな日は朝一番で温泉へ行き、気分をさらにリフレッシュさせよう。露天風呂へ向かうと、人々の視線はそっと上に注がれていた。木の枝が大きく揺れる。その先には、たわわに実る木の果実を美味しそうにほおばる猿の群れがあった。恨まれることが多い動物だが、こうして眺めてみると実に静かに生きている。夏の動物が静かなだけではない。このしっとりと落ち着いた空気はなんだろう。避暑地としてのオン・シーズンを間近にひかえて、木曜日までは嵐の前の静けさというところだろうか。
2007年07月16日
嵐が去って ふたたび地震
台風一過で迎えた青空に清々しさを感じたのも束の間。時刻は朝の10:00ごろ、カタカタと食器棚が揺れはじめた。震度は3 くらいだろうか。久し振りの地震である。「新潟・長野で地震」と速報が流れるのとほぼ同時に、「5メートルの津波あり」と警報が出る。新潟はなんと震度6だという。台風で地盤が緩んでいるこのタイミングに、被害がないということは考えられない。
TSUNAMI...というアルファベットから連想されるのは、まだ記憶に新しいスマトラ沖大地震のこと。地球のプレートがぶつかり合って歪む時に発生する地震、それはまさにこの星が生きている証である。大地の大きなを揺れを感じた時、自分はこの僅かな地表に張り付くように暮らしているのだという”現実”に直面する。ほどなくして携帯電話が鳴った。それは、地震速報の中に「長野」が含まれていたことが心配になった旦那さんの実家からであった。
自然災害は忘れたころにやってくると言うが、地球の長い歴史を振りかえれば定期的に発生するごく自然な現象。「いつかは起こるもの、起きても仕方がないもの」と捉えて、最低限の被害で済むように、建物の外まわり(隣家との間)や家の中を常にケア&整頓しておきたいものです。
2007年07月13日
Letting Go

patagonia 2007 LATE SUMMERのカタログを開いて、夫婦二人で釘付けになったのがこの写真。
開口一番 「おっきな薪だねー」
そして薪の断面をよーく見てから 「綺麗に割れてるなー。ほとんどが一発だね」
斧をふるう、その人が偉大なクライマー”ロン・カウク”だと気づいたのは後。
カリフォルニア州 エル・ポータルでこんな暮らしをしているのか。
なんだか急に親近感がわいてくる。
「薪割りもクライミングも同じ。Letting Go 自然に 成り行きにまかせて。」
とジェフ・ジョンソンに言っている。
岩の弱点を見つけるて登るのがクライミングなら、丸太の木目を見て斧をふるうのが薪割りか。どちらも簡単なようで、深い。
2007年07月11日
秋へ誘う キキョウ科の花
玄関を開けると壁に蛾がとまっていた。台風や強雨の後は、よくこうして軒下に避難しているようだ。”蛾”というと響きは悪いが、繊細な美しさでは”蝶”に勝ると私は感じる。紗の着物で、こんな柄があったら素敵と思ってしまう。

一昨年までは、バラやユリに害虫用のスプレーを散布していたが、今は止めている。オオデマリの葉に、ある美しい蝶の幼虫を見つけたのが止めるきっかけとなったのだ。今シーズンも、花のつぼみが膨らむのとほぼ同時にやってきたアブラムシの大群を見て、「食べられてしまうー!」と不安になった。だが数日後につぼみの状態を見にいくと、アブラムシの姿は跡形もなく消えていた。蟻や野鳥のおかげである。バラの花はしっかりと咲き、百合はこれまで以上につぼみをつけている。生態系のバランスが整いさえすれば、植物は思っている以上に強いものと、今年も気づかされた。
ニレケヤキの下では、ソバナが咲きはじめている。紫色のグラデーションがなんとも涼しげだ。庭のあちこちで咲きほこるホタルブクロは産毛に露を蓄えて、どちらもキキョウ科の花。


同じキキョウ科でも、イワシャジン、ツリガネニンジン、サワギキョウ...の花が咲くのは秋風を感じる頃。真夏を前にして、初秋のような空気感が漂う一日。
2007年07月10日
ミストサウナのような

しとしとと小雨の降る、いつもの軽井沢らしい梅雨空。最高気温は20℃を下まわり、湿度はリビングで90%を指している。建物にとっては相当過酷な環境に違いないが、今日一日の肌(喉も)はこれ以上ないというくらいに潤って、なんだかとても気分がいい。
夕方、雨音が止んだので窓の外を眺めてみると、辺り一面が濃い霧に!いつの間にやってきたのかという速さである。気分転換にデッキへ出てみると、今日の霧はまさに”ミストサウナ”のよう!目を閉じると、苔や木の幹、土などが交じり合った複雑な香りが鼻孔をくすぐった。芽吹きの季節とはまた違った香りだ。庭のどの葉っぱも霧を浴びて、生き生きとしていた。
2007年07月05日
夕涼み
トンボの湯へ行くと、受付の方が浴衣を着ていた。笹には願い事を書いた短冊が吊るされて、今週末はそう”七夕”なのですね。ちょうどこの時期になるとホタルの話題を耳にするようになるが、今日は庭の片隅で、ホタルブクロの淡いピンク色の花を一輪見つけた。
梅雨寒の昨日とは一転して夏日の今日は、朝から布団を干したりと大忙し。
私が一日の終わりを感じる17:30という時刻は、できるだけ外で過ごそうと努めている。暑かった日の夕涼みはご馳走!本を持って外へ出る。夕暮れの美しい日は、そのまま蠟燭に火を灯します。

2007年07月03日
夏の草花
木の果実を美味しいそうにについばむ野鳥の姿が印象的な季節。一見、深い緑一色に見える庭だが、夏の花がちらほらと咲き始めたようだ。

盛夏に涼しげなシモツケの花

ヤマオダマキの繊細な黄色は、夏の沢ぞいによく似合う。
同じオダマキでも青紫色のミヤマオダマキは初春に咲き終わり、今は種となっている。

そして、庭に沢山自生しているトラノオ。はじめは雑草と思いこんで抜いていた!
完全な日陰では花は咲かない。少しだけ枝うちをして、下草を刈って、半日陰を作ってあげる。すると、どうでしょう。地面はシードバンク!素晴らしい山野草が自然と花咲いていきます。
2007年07月02日
積み重ねのちから
いよいよ7月。今朝は梅雨空が戻り、デッキの表面には雨が溜まって緑が映りこんでいた。その上を歩くキビタキは雛である。巣立ってから、それほど日は経っていないのにもう一羽で行動しているなんて。動物は頼もしい存在だ。
先日、久々に中学時代の友人を訪ねた。産休をとって育児中の彼女は、結婚してからエコバックを持つようになったという。最近では、スーパーへ手ぶらで行く人の方が珍しくなった。「すぐにゴミとなるものは、最初からもらわない」私もできるだけそうしているので、同感である。だが、小さなエコの話はそれだけでは終わらなかった。「子供を育てるようになって、毎日出るゴミの多さに仰天したの」というのである。一番の原因は”紙オムツ”。そして現在の彼女は、思い切って”さらし”を使うようにしたという。「赤ちゃんの排泄物はそれほど汚いものではなく、慣れてしまえばどうということはない」という。きっぱりとそう断言できることに、強い愛情を感じた。平成という時代に生きるものとして、この行為は立派ではないだろうか。帰り際、大きなマンションを遠目に眺めてみた。少子化とはいえ、その中には赤ちゃんも沢山いるに違いないのだが、さらしが干してあるベランダは皆無といっていい。
今日は、この夏のために、アウトドアでも使えるプラスチックのプレートとグラスを買った。LUX by starckというシリーズで、グラスとお皿を交互に持たねばならなかった、あの立食パーティのストレスを見事に解決した商品だ。特にカトラリーのデザインはさすがスタルク!というほど秀逸で、既にエア フランスの機内でも使われているからご存じの方も多いと思う。これまで少人数のBBQは、手持ちの食器(プラスチックやチタン)で乗り切ってきたが、大人数となると紙皿や紙コップに頼ってきた。ゴミの少ないBBQやパーティはスマートで、どんなに気持ちいいだろうと思う。
本屋には、アル・ゴア氏をはじめとした、エコロジーコーナーが登場している昨今。だが、私たちが今すぐ出来ることは 「日々の小さな心がけ」 これしかない。
「自分で使うエネルギーは、自分で作る」 これこそが理想。
日照時間の少ない軽井沢に暮らしていても、太陽の力は充分感じることができる。この力をもっと容易にエネルギーに変える手段が持てるなら。



